田沢湖→盛岡 日本一周ひとり旅↑ 盛岡→平泉
「第70日」

           19××年10月14日(土)晴れ

         〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  盛岡市内  





 

■そして、翌朝         

目が覚めた。いつもの癖、腕時計をしたまま寝ていたが、見ると午前7時を少 し過ぎていた。天井を見上げる。一夜を明かした部屋の中は初めて見るかのようであった。

直ぐ脇には男の人が寝ている。実は名前も素性も知らない。何をして暮らしている人なのだろうか、中年なのかそれとも中年に手が届きそうなのか、頭の天辺は髪が少なく、そういうところから推察すると ぼくよりも10歳ぐらいは年上ではなかろうか。

この人、大きな鼾(いびき)を掻いている。鼾を掻く人の隣で寝るとは想像も していなかった。

 直ぐにでも起き上がって出掛けようか? 

 いや、今から出掛けるにしても御礼を言わなければ、、、、、、

 と、するとこの人を起こしてからだ、、、、。

でも眠っているのに起こしてしまうのも悪いし、、、。

   ――― 寝転がったまま色々と気を回していた。


 「おいおい、まだ起きる時間ではないぞ! 君一人だけが今起きたからといっても、どうするのか!?」 

―― 鼾はそんなメッセージを発信しているかのように聞こえないこと もない。

熟睡しているのに、しかもぼくよりも年上だし、無理矢理起こしてしまっては御好意で一泊させて頂いた御本人に大変失礼になるだろう。


目はぱっちりと開き、意識もはっきりしていた。しかし結論の方は出ないし寝床からも出られないでいた。背中が糊で寝床に張り付いてしまっているかのようであった。

暫くは天井を仰いだままじっとしていた。その人の奏でる変則的な調べに最初は少々驚き、そして辟易しながらも、真一文字に口を閉ざしたまま時の流れの中に身を任せていた。
 

 

この人、何を思ったのか、掛け布団をぐいっと自分の方に引っ張って部屋の壁際へと寝返ろうとする。多分、いつもの、睡眠中の無意識の行為なのだろう。でも、昨晩からは ぼくも一緒に横たわっている。引っ張って持っていかれてしまうのを阻止しようとぼくは掛け布団を両腕で押 さえつけるかのようにぼくも頑張った。

掛け布団が自分一人のものにならないと分かったからなのか、今度はぼくの方へと体ごと寄せて来た。直ぐ隣にもう一人誰かがいることなど完全に忘れてしまっているかのようだ。

体の一部が触れた。気のせいかもしれないが、何だか気持ち悪く、思わず退 けてしまった。

それにしても良く寝る人だ。感心してしまう。本当に昨晩の人なのだろうか。


起き上がるのは当分諦めた。天井の一点をぼんやりと相変わらず眺めていた。恰も行ったり戻って来たりを繰り返す調べを耳にしながら、心が定まらないことをいいことに 弄(もてあそ)ばされ、それでも知らぬ間に無意識の世界へとまたすうっと降りて行ってしまった。



 

■二度目の目覚め
 

午前10時頃になって再び目覚めた。

 「明日の朝は何時に起きますか?」 

昨晩寝る前にそう聞いておくべきだった。反省している自分ではあったが、時既に遅し、朝になっているのに相変わらず起き上がろうか、それともどうしようかとまだ拘り続けている。

隣近所の人たちは既に起きたらしく、テレビ音やら人声が壁越しに聞えて来る。すぐ隣に横たわっている人はまだぐっすりと眠りの世界にいる。いつまでもこのまま覚めることなく寝かしておいてくれ よ、と教えてくれているかのようだ。

そんなにも疲れているのか。何ゆえにか? 一人住まいの暮らしに飽き飽きしながらも、そこから抜け出すことが出来ず、厭々ながらも足を引き摺って人生を送ってきていたかのようだ。

悶々とする日々、晴れない心の内、昨晩も暗かった、重かった、寂しかったのかも知れない。ぼくを呼ぶことで突破口が開けるかもしれない、と勇気を奮ってぼく に話し掛けて来たのか。お腹が空いているかもしれないとわざわざ優しくも気を回してくれた。

この人は一体何者だろう? この人の境遇について色々と勝手に想像、憶測していた。そっとしてお いてあげよう。心ゆくまで眠っているのだから。

45分経った。張り付いてしまった寝床の呪縛から逃れるかの如く、のっそりと起き上がった。 一人トイレへと立って行った。


用から帰って来るとテレビが付いていた。確か、昨夜、消した筈だったのに、 と不思議がっていると、ああ、そういうことか、と得心した。

ぐっすりと眠って いたその人もやっとのことで目が覚めた。それともぼくの所為で不本意にも起こされてしまったのか。とにかく起きがって自分の布団をせっせと畳んでいる。

「今日は会社、お休みなんですか?」

「うん、午後から出ればいいんだ」
 



 

 

■無感動な別れ                

 30分後、一緒にアパートの外へと出る。

「お名前と住所を教えて下さい」

「そんなものいいよ」

「そうですか」


   煩わしいのか。ご好意に対する礼状を旅先から直ぐにでも出そうと思っていたのだが、教えてくれない。           

なにもなかったかのように別れてた。


 

それにしても今日は誠に良い天気だ。眩しい。

いつもの元の一人にまた戻った。

さて、何処へ行こうか。

 

岩手公園へと行った。日が温かい。ベンチに寝転がった。暫しの日向ぼっこ。 寝転がる癖がついてしまったようだ。気持ちが良い。思い出したかのごとく時 たま吹く風が冷たい。それがちょっと気に障る。残っていた黒パンを少しずつ齧りながら平らげてしまう。

正午を過ぎていた。午後からは何処か市内を回って見ようか、となり、も う一つの公園、高松公園へと行った。が、池があったというだけのこと。 帰り際、その近くに市立図書館があったので、入ってみた。午後2時45分。



 

■読書に没頭 

本を一冊借り読み始めた。

野坂昭如と五木寛之、両作家同士の“対論”であった。今は平成という年号を 使っているが、この世には昭和十年代生まれの人たちもいて、戦争を体験した人とそうでない人、いわゆる戦前派、戦中派、戦後派という立場の違いがテーマと してはっきりと打ち出されている。

戦争を直接間接にも体験したか、しなかったか。その区別で世代の違いが形成されているとでも言いたいらしい。生きて来た状況が異なるゆえにその人のそれ以降の考え方、生き方においても異なったものが反映している。

一方には戦争を体験してきた人がいる。他方、戦争を体験したこともなくのほ ほんと今日まで生きてきている人がいる。戦争を体験したか、体験していないか、 この違いが実は重大な違いなのだ、と。

戦前、戦中、戦後。ぼくはもちろん戦後派。一夜の宿を提供してくれた人も戦後派。戦後派は無気力だと言いたいのだろうか。

人生体験の違いから、一方が他方の意見・考え方を理解するのに困難を感じる。 他方もまた一方の考え方を理解するのが難しいと感じる。なぜか。同じ体験をして来たからではないからだ、と。自分の体験に基づいた思いや感じ方はその体験を経ていない人にとっては分かり難いのではないのか、と。

分かろうとする努力は必要だろう。理解しようと努めた過程で、お互いの共通点よりも相違点の方に注意が向けられてしまった次第だということか。お前は戦争を知らない、俺は知っている。相違点を見出して、自分はあんたとは違うのだと強調 したいらしい。

頭の天辺が薄くなっていたあの人もぼくもわれらは皆戦争(つまり第二次世界大戦のこと)を知らない子供たちであった。

閉館近くの午後4時45分までその本を読んでいた。午後の時間を有効に使った、と言えようか。



 

■同じ公園の、同じベンチ 

図書館を出た。夕方が迫る。

さて、何処へ行こうか? 

今晩も当てがない。再び盛岡公園に何か惹かれるものがあるかのように戻って行った。誰の邪魔にも迷惑にもならないで今晩寝るのに適当な所はそこしか考えられない。 そう思った。

市の中心街に入った。目指す公園はどの道を通って辿り着けるのか、以前ならばそれなりに感が働いて気が付いてみれば、その場所に来ていたということが多々あったのに、盛岡にやって来てからは方向感覚が鈍ってしまった らしい。

背後から学生風の男の人、日本一周中の文字が読め、ちょっと関心が引かれたのだろう、自分の自転車に乗ったまま話し掛けてくる。

「日本一周しているので すか?」

「ええ、そうですよ」

「へえ、すごいなあ」

「そんなに驚くことでもな いですよ」 

この人に教えられて貰って、午後5時半、公園に着く。

早速、一昨晩の場所、東屋のベンチの所へと自転車を引いて行く。

着いてベンチに腰を降ろすや否や、何処からともなく見知らぬ大人、男が二人やって来て、三人一緒になって腰掛けましょう、といった風にタイミングを合わせるかのように、その同じベンチに並ぶように腰掛ける格好になった。 ぼくは両脇挟まれる形になった。

同じ仲間とでも見て取ったのか。ぼくがやって来るのをまるで待ち構えていたかのような、そんなタイミングの良さとでも言えようか。変な感じ。空きのベンチ がもう一つ、直ぐ近くにあるというのに、、、、。別に口を利くような雰囲気ではない。見知らぬ他人同士だ。


午後6時、ベンチの上に寝袋を敷き、その中に着の身着のまま滑り込んだ。暗くなった中にあっても耳を澄ましている。

すぐ近くにある、もう一つの、その別のベンチには人が入れ代わり立ち代わりやって来ては腰掛ける。と思ったら立ち去り、またやって来ては座るという繰り返しが続いている。まるで今朝の鼾と同じだ。忙しそう。

辺りはとっぷりと暮れ、公園内の乏しい照明と向う側のビルの窓から洩れる光 の反映だけによって、ここ公園の中はかろうじて見渡せる。

眼下の広場では、明日、秋の運動会でも開かれるのだろう、その為の準備に忙 しい人達で賑わっていたが、それも今の時間ひっそりと鳴りを潜めてしまった。 時折、思い出したが如く人の笑い声が何処からともなく聞えてくるが、それもすぐに消えてしまう。

ぼくはベンチの上で寝入ろうとしていた。近くには人の歩くのが聞こえるものだから、また誰だろうと気になって容易に寝付けない。何が何だか良くは分からないが、回りでは何かが不思議と怪しく息づきながらも動いている 気配。そんな所に今晩も来てしまっていた。気味が悪い。しかし一度決めた場所を変わるつもりはなかった。


行ったり来たりと、その辺をうろうろしながら、そしてそこの空いているベン チにやって来てはしばらく腰掛けている。何をやっているのか? 誰か人でも待っているのか、探しているのか? 

アパートに泊めてくれた昨日の、いや、今日昼前までの、あの男の人が親切にも教えてくれた通り、変な男達がうろうろしているから気を付けなよ、とはこの男達のことなのか。


ぼくは上半身起こして、ちょうど目に付いた人の背中に命中させるかのように声を掛けた。このもやもやとした空気を切り裂いてしまいたかった。

「誰か人でも探しているのですか!?」

「いいや、いや」

背広を着た、一見、中年のサラリーマン風であった。返事は曖昧、直接答えず、 顔だけはぼくの方へと急に近付けて来る。気色悪い!

 この東屋のベンチからは一段下の方、見通しが良い。彼らたちの格好の場所に今晩はこの余計な邪魔者が居座ってしまっているので困惑しきっていたのかもしれない。


頭から足の先まで全身を寝袋の中に被っていた。午後9時、外気の寒さも手伝 ってか、中は自分が吐く息で暖かくなり身動きもすることなく横たわっていたぼく は、外の怪しく蠢く世界の存在も忘れて寝入ってしまった。

 

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