午前7時(フィンランド時間)、起床。 
        
            
            
            寝過ぎた。頭痛を感じる。時刻的にはまだ早かったとしても、 
            朝日が出て来る前に早く起き上がってしまった方が得策であった。
        
             
        
    
    
             
            
            
        
 ■戸外、ご飯を炊く 
        
            
            
            さて、何をしよう? 朝食のパン、レイパでも囓るとするか。いや、このパンの味には飽きた。うんざり。 
            
            
            
            
            そうだ、ご飯を食べてみよう―― そう思いついた。うまい具合に米はリュックサックの中にある。火もその辺にある乾いた木片をかり集めて作れそうだ。この新鮮な思いつきに、内心得意であった。 
            
        
 水辺へと下りて行った。 
        
 米を研ぐために向こうの方の水辺へと移動。伽汁はミルクが広がって行くかのように水面に溶け込んで行く。 早く食べたい。米を研ぐことがまだるっこい。この鍋に入った米が炊けて、そして食べられる、ということでうきうきしている。 
  
        
            
            
            
            戸外でご飯を自分で炊いて食べるということ――、考えてみると実際に実行するのは今回が初めて、と言える。 
            キャンプファイアで飯盒にご飯を炊いた、小学生の頃の思い出がこうして大人になって蘇ってきた。 
            
        
 一つ一つの動作が全てご飯を炊くという目的に向けられている。さっそく木片の収集に取り掛かる。 あそこに一つ、あそこにももう一つ。一つ一つと木片を見つけては、木片へと向って歩いて行き、掻き集める。   
        
 火を起こす準備。紙片に火を点け、木片に火を移す。木片が次第に勢い良く燃え上がって来る。 米の入った鍋を火の上に翳す。鍋が引っ繰り返らないように石に位置、そしてもちろん鍋のバランスを考慮に入れる。   
        
            
            ご飯が炊けるまでの、数十分間の辛抱。もうすぐ炊き立ての、温かいご飯が食べられる。 
            
            
            
            
            試しに鍋の蓋をちょっと開けてみる。おお、ぐつぐつと炊き上がって、ご飯が出来上がりつつある。 
            
            
        
 ご飯を食べるのは今回で三回目。一度目、二度目とSodankylaのYHでコンロを利用して作った。 いわば予行練習をやった。今、戸外で実地に即席のコンロでご飯を炊いている。火が鍋底にちゃんと当たるように細心の注意を配る。   
        
        
            
    
    
             
            
            
            ■ご飯の出来具合 
            
            
            
            出来た! でも、焦がしてしまった! 焦げた臭いが鼻を突く。水が少なすぎたのか、 
            火が強すぎたのか、まあ、仕方ない。薪を使ってご飯炊きをしたのは初めてということで、 今回は実験をしてみたということにしよう。 
            
            
            さあ、食べよう、食べよう。仲間はいないので、一人で食べよう。 
            
             
    
    
             
            
            
            
            大スプーンで一掻き、口に含んだ。ウッ、しょっぱい! 何だ、これ? 塩の味!  
            
            
            
            
            川の水と思っていたのに、塩水を炊いていたのか。自分のいる所は確かめてみれば、 
            紛れもなく海に近い、海へと川水が流れている河口近くであった。塩分を多分に含んだ川水、 
            または海水だったのだ。単純な川水と思っていたのだが、川水の実態は塩分を含んだ海水でもあった。 
            
            
            
            日本のお弁当が無性に食べたくなってしまった。幕の内弁当、シャケ弁当、海苔弁当と、 
            弁当と名の付くものならどんな弁当でも良い。ここノルウェーにやって来て、 
            日本の弁当が食べられるという状況はない。それは十分に若手散る。でも弁当が欲しくなったら、 
            電話一本でも入れて、ここまで届けてきてくれるといった国際的なサービスはないものだろうか。 
            世界各国、どこかで日本人は旅をしている筈、日本の風土が懐かしくなるだろうし、 
            日本の食べ物が無償に食べたくなる時もある筈、梅干、沢庵、納豆、そば、うどん、寿司、ああああああ、日本食は何と魅力的なのだろう!  
            
             
    
    
             
            
            
            
            
            とにかく、しょっぱい理由が分かり事後的に納得した。塩味のご飯を食べるとは全然想像していなかった。 
            
            
            
            とにかく、ご飯がこうして食べられることが、何よりも嬉しい。 
            
            
            
            
            毎日、来る日も来る日もフィンランドのパンと言われる、レイパばっかりを囓っていた。 
            それだから、ここに来て、一つの変化、嗜好の変化が加えられたのであった。 
            やはり日本人なのだ、この旅人は。ご飯を食べることで気分も爽快、落ち着く。 
             
        
            
            
    
    
             
            
            
            
            ■食後の動作 
            
            
            
            食事が終わった。手鏡で自分の顔を眺める。少しひげが伸び過ぎてしまったようだ。削ろう。 
            
            
            
             削った。 
            
            
             さて、次は? 
            
            
            顔を洗おう。歯を磨こう。先ほどの、向こうの河口近くへと歩いて行く。 
            
            
        
 洗った。磨いた。ついでに朝の儀式もした。   
        
            
    
    
             
            
        
 ■Repvåg へと向けて   
        
            
            
            朝の目覚めから出発する前の、一連の動作が続き、終わった。 
            ご飯も腹一杯になっているので元気が出て来た。次は出発の準備だ。 
            リュックサックにすべの所持品を詰め込み、荷造り。両ストラップを両手で握り、引き上げ、両肩へと掛ける。 
            その重みが双肩にずっしりと感じられる。 
            
            
            午前9時、出発。Repvåg 
            まで歩いて行く積もりであった。歩いて、歩いて、今晩歩き着けるところまで、とにかく歩き続けよう。そう思った。 
            もちろん、車が通ればヒッチを試みる。右側には海を見ながら両足も軽快に前へと進む。 
            
            
            
            ご飯を食べたせいか調子が良い。前方の海景色を見ながら、そして後方に車の気配を感じれば振り返って、
            サインを出す体勢になろうとする。ところが、サインを出しても車は皆、通過だ。こうなると出発前に思った通り、 Repvåg 
            へとひたすらこの足で歩いて行くのみ。 
            
            
            
            
            重いリュックを背負ったまま長時間に渡って歩き続けたので、少々休みたい気持ちが起こって来た。 
            が、このまま正午になるまでは歩いてしまおうと心に決め歩き続けた。 
            
            
            
            と、前方に、サングラスをした格好いいタクシーの運ちゃんが自分の車を止めて、 
            ドアを開け、颯爽と出て来る。何だろう、どうしたのだろう、とちょっと呆気に取られて見ていたら、てきぱきと 
            ヒロのリュックサックを奪い取るかのようにしてタクシー後のトランクを開け入れてしまい、ヒロにも乗って行けとのことで、 
            すぐにも出発である。何となく急いでいる。別にサインを出してヒッチをしたわけでなかった。タクシー運転手さんがいわば 
            ヒロをヒッチした。立場が逆であった。 
            
        
 正午までにフェリー発着場に行かねばならない、と言う。誰かとの約束でもあるのだろうか。でも腕時計を見ると、 もう正午はとっくに過ぎていた。どうも不思議だ。話が合わない。よくよく聞いてみると、ここはノルウェーではないか!  
          今、ノルウェー時間では、午前11時を過ぎたばかりである、と。すっかり忘れていた、と言うよりも全然知らなかった。   
        
 Nord Kappへと渡る船着場がある Repvåg までの距離の半分は既に歩いて来てしまったと思っていたのだが、 タクシーに乗ったまま、それからも長い道のりが続いた。しかも中が真っ暗なトンネルが控えていたとは。ライトがどこにも照っていない。 
          この暗黒のトンネルの中を歩いて通って行く自分を想像してぞっとした。多分、途中で挫折、引き返していたかもしれない。   
        
            
            
            
            
            
            
         ■Repvåg 
          に到着、出航  
        
            
            
            午前11時30分、Repvåg に到着。フェリーボートを待つ車が列をなしている。  
            
            
            
            
            ノルウェーの通貨でなければ、フェリーに乗るための切符は買えないだろうと思って、売店の中、レジの女の子に聞いてみた。 
            両替はするが、銀行のほうがもっと高く買ってくれる。また、切符は他の通貨ででも買える。そう言っているように聞こえる。 
            
            
            
            
            
            切符売り場はどこだろう? 英語を話す外国人(ヒロ以外は皆、ヒロから見れば外国人だが)に訊き、そこへ行き、ドルで切符を買う。釣り銭はノルウェー通貨で返って来た。 
            
            
            フェリーボートが入ってきた。まずは車が、人が降り、今度は我々の乗る番である。 
            
            
            
            
            
            
            
            
            
            ■フェリーボートの甲板で 
            
            
            ノルウェー時間の正午、出航。タクシーの運ちゃんはこの正午を気にしていたのだった。 
            
            
            
            
            いろいろの国の人々、観光客、旅行者が乗り込んでいる。半袖、半ズボンの、ヒロの姿を観察しながら、 
            「さぞ寒いだろうに、この人、頭がちょっとどうかしているのではなかろうか」 
            といった風な視線が回りから何本も感じ取られる。日陰に入れば確かに寒いが、 この姿でずっと歩き続けてきた。もう慣れてしまっている。 
            
            
            
            
            甲板に出て、簡易チェアに腰、背中を沈めるように掛ける。ちょうど右横にフィンランド人夫婦が腰掛けていた。 
            手元にあって、もう必要もないフィンランド硬貨をフィンランド紙幣に換えて貰おうと思いついた。覚束ない、 
            自己流フィンランド語で「紙幣に換えてくれ」と、辞書を片手にその夫婦に頼んでみた。「英語を話しますか?」 
            と若い奥さんに逆に聞き返され、「ええ、ちょっと」。「それでは、、」と英語に切り替えての交渉。ちょうど5マルカ紙幣を 
            持ち合わせていたので替えることが出来た。 
            
            
            
            
            それをきっかけに若い奥さんと英会話をしばらく続けることが出来た。自分はお宅の国フィンランドを通って、 ここまでやって来た。今、Nord Kappに向かいつつあるのです、と。 
            
            
             「フィンランドはどうでしたか?」 
            
            
              彼女は訊く。 
            
            
             「良かったですよ」 
            
            
             「もう一度訪ねてくださいね」 
            
            
             「ええ、是非そうしたいです」 
            
            
              そう言いながらHannaのことを思い出していた。 
            
            
        
   
          日が照って、この日を浴びていられる幸せ。今ヨーロッパはノルウェーの北に来ている。ノルウェーの海上を移動している。 船上での充溢感。これが船旅の醍醐味とでも言うのだろうか。ヨーロッパは北の端へと進みつつある。