■Nord Kappへとただ一人ゆっくりと歩き始める
午後5時45分、Nord Kapp へ行くことにした。ジーパンは履いたまま。
街から離れるに従って、人も車も極端に少なくなる。未舗装の道路は車のタイヤで踏み固められた、
凹凸の激しい轍道のようになっている。そんなぐちゃぐちゃの土道を足元も危なげに伝って行く。
タクシーに乗せて貰えたのだから、道中、また別の車に乗せて貰えるだろう。
そんな淡い期待感を抱きながら、両肩と背中には重いリュックサック、ゆっくりと歩き始めた。
灰色の巨大な岩石の固まり、左側、海にそのまま迫っている。恰も巨大な岸壁のように見える。絶壁をなす海岸。
風がとても強い。海からの風、吹き下ろし。髪は乱れ顔面にびしびしと当た
る。堪らない。痛い。この強風、文字通り強風過ぎて一歩、また一歩の前進に
困難が伴う。押し返されそうだ。後ろへと吹っ飛ばされそうだ。
車が来ない。来るまでのウォーミングアップの積もりで相当の時間を歩き続
けた。頃合いを見計らって心の内はヒッチを開始。こんな狭い、険しい道路では無理なのか?
午後6時15分、ベンツ、新車だ。漸く、一台目、止まった。子供三人と夫
婦。奥さんはわざわざ後席へと移り、奥さんの代わりにヒロが助手席に納まった。
便乗は15分間だけであった。流暢な英語を話すご主人であった。
「あと一マイルばかり歩いて行かなければならないですよ」
下車する時に教えてくれる。
とても寒い。風は相変わらずとても強くしかも冷たい。腹も減ってきた。風
下にリュックを背に身を浴びせる様にして腰を下ろしパンをかじる。
午後6時45分、厚着になる。首にはタオルをマフラーのように巻き着け、
手袋も取りだし、腹には防風と暖房を兼ねてビニール袋を腹巻のようにして当てた。
おお、自転車で行くと言うのか! イギリス人らしい。自転車を漕いで 彼もNord
Kappへと向かって行く。この道は何処へと通じているのか。ローマ? 違う。Nord
Kappに決まっている。今、ヒロの脇を通過して行こうとしている。抜かれてしまった。
抜かれてしまったが、そのまま歩き続けていたところ、またも車をヒッチす
ることが出来、その車に乗ったまま彼を追い抜いた。が、暫くしてまたも彼に
追い抜かれてしまった。車から降りてまたしても、とぼとぼと歩いていたのだった。
追い抜いたり追い抜かれたり、お互いに意識していたわけではなかったが、そんな風に追いつ追われつNord
Kappへと少しずつ近づいて行く競争をしていた。
正しく亀とウサギの競争のようでもあったが、結局亀のヒロはウサギには勝てなかった。事実は小説よりも奇なり?
午後7時35分、また徒歩開始だ。厚着をしたので少しは寒さも防げたが、今度はどうしたことか、鼻水が出てくる。鼻での息が出来ない。
見上げると、どす黒い雲が空一面を覆っている。上り坂、行く手を風に妨げられて登り難い。
10分後、前方に赤い車が止まった。運転席から顔を出して、何か言いたいことが言えず、難儀しているといった風である。
やっとそれらしき言葉が思い付いたらしい。
「Lift?」
ああ、乗せてくれるらしい。奥さんと息子さんは一緒に助手席に、ヒロは後席に一人で納まった。スウェーデン家族であった。