やはり日本の夏、暑い! 日本一周ひとり旅↑  郡山[福島県]→いわき(平)[福島] 

 

  第一日 そのニ (つづき)

  19xx年8月6日(日)快晴

  綾瀬「神奈川県」→ 郡山「福島県」

 


気を取り直して、また歩き始めた。

 

随分と歩いた。

歩いても歩いても我が歩み楽にならず、ただじっと前を見ながら歩く。

ヒッチ出来る車がやって来るかどうか、と重たいリュックサックを背負ったまま、いちいち後ろを振り返っては確認しながら歩き続けるのも何だか七面倒臭くなってきて、何時の間にやら、もう前進することのみに集中する。この時間帯、止まってくれる車もない。

疲れて来ていたから時々は道路脇で名目だけの短い、小休止を二度、三度と重ねながらも前進を繰り返すのだが、知らぬ間に心身ともに随分と疲れ切ってしまった。

 

「今日は何処まで行く積りなのか?」と問われれば、「まだ別に決まって はいない」とその時は答えざるを得なかっただろう。

「いや、行き着けるところまで」と答えることも出来たかも知れない。どこになるかは分らない。でもこの世界が真っ暗になってしまわないうちに何処かに落ち着ついたい。それまではヒッチハイクをもっと続けよう。そう思っていた。実の所、ヒッチはもう出来そうもなかったのだが。

心身共に疲れきってしまった。それでも自分に鞭を打つかのように、これでもか、これでもか、と歩き続けていた。

「一体全体、何処まで行く積りなのか、何処まで行けば気が済むのか? 」

力無げに歩いていると、どうも学校らしい、小学校だろうか、沿道に沿って現れてきた。その小学校の側を通り過ぎ、相変わらず道路沿いを疲れきったロボットの如くその両足をぎこちなく交互に前へ、前へと出しながら、「先へ!先へ!」と歩んで行こうとしたが、もう 今日の限界だ。

棒のようになってしまった足の方がもう歩みを止めてしまった。 さっきの小学校へと戻って行って、校庭の何処か隅っこの方にでも今晩は泊めさせて貰おう。

 

一日の疲れを流し落とす

校庭の中、人っ子一人見えない。今日は日曜日だからなのだろう。校舎の裏の方へと状況を探るように回ってみた。足洗い場と言うのか、水飲み場にぶつかる。

好都合だ。汗をふんだんに含んだTシャツ、回りには誰もいないということを確認し、さっそく脱ぐ。

脱いだシャツは、両手で丸めて雑巾の如く絞る。汗が足元に垂れ落ちる。運動靴を濡らしてしまうところであった。尤も靴の中もどっちみち汗に塗れていて、靴下だって汗臭い筈。そんなに慌てることでもなかった 。

そうだ、靴も脱いでしまえ。靴下も脱いでしまえ、と裸足になる。正に地に着いた足、そんな感覚を得る。小石などが足の裏に食い込み、痛みを実感 。そこに立っている自分の存在を確認した。

シャワーを浴びた後のような、汗でぐっしょりとなったままの裸の上半身、風邪を引いたりしないようにと乾いたタオルで先ずは拭き取り、脱いだシャツを今度は水道水で水洗いだ。靴下も水洗いだ。

序に蛇口の真下に唇を寄せて、堰を切ったかの如く噴射して来る水流を口の中で全部捕らえようとする。口の中から水が流れ落ちるままに任せる。顔面も、頭髪も激しいシャワーを浴びせる 。

歩き疲れて元気のなかった自分は元気の良い水を相手に暫し遊んだ。

腹が減っていたし喉が渇いてもいた。もうこれ以上は飲めないというほどに胃の中を満杯にする。今日一日、何リットルの汗を掻き流したことだろう。水分の補給と"夕食"の積りだ った。

もう一度、頭を水道の蛇口の下に置き、シャワーを浴びる。冷たいマッサージを受けたようで 気分が良い。蛇口から離れ、暫くはその辺を歩き回って滴が垂れ落ちるのに任せた。そして上半身を拭いたタオルで頭髪も拭いた。

Tシャツ、靴下、そしてタオルと、その辺の木の枝に引っ掻けるように広げた。臨時の洗濯物も明朝には乾いているだろう。

気分が一新した。  

 

 

●就寝に一苦労

午後6時50分、

さあ、就寝としよう。

疲れた。

校舎の裏玄関前、セメントの上にまずはビニール袋を敷いた――新品の寝袋が、そして寝る本人も汚れないように、と――更にはその上に持参の寝袋を広げ、クッションとして敷布団代わりに敷き、 その上に着の身着のまま、細心の注意を払って、仰向けに寝転がった。

日本一周ひとり旅、異郷での空の下、初めての夜だった。

 

日中、歩き捲くった。夜は寝るのだ。睡眠を十分に取って体力を回復させたい。ここでは落ち着いて寝られる。そう期待した。でも、 暫く寝転がっていると気が付いた。日中の蒸し暑さは太陽が出ていたから致し方ないとしても、夜になったら少しは涼しくなると期待していたのだが、夜になっても昼間の蒸し暑 さが継続しているようだ。 寝苦しい。寝入れない。

 

あれは防犯用なのか、玄関軒下の電灯が一生懸命周りの暗闇と戦っているみたいだ。明る過ぎる! その強烈さが目を 刺して来る。直視していると眼痛、頭痛になりそうだ。  

光源を 直接避けるかのように、光源を背にするようにして横たわりながらも、そのまま翌朝の午前4時頃まで、この僕は目覚めていた。何故か、全然寝付かれなかった。

明る過ぎるから目を瞑って少しでも眼に対する刺激を減らそうとしていた。瞑っているうちに眼も重たくなって、自然と寝入れるだろうと、その時が来るのを辛抱強く待っていた 。ところが脳裏の中は却って冴え渡ってしまっていた。何故か、寝入れない状態が永遠に続くかのようであった。

眠りたい! 

 

夜の音

静かにじっと横たわっていると、この耳には夏の、夜の、色色な音が夜の生温かい空気を伝って鮮明に届いてくる。やれ虫の鳴く音だ、やれ風の囁く音、遠くでは汽車の、何か悲しく訴えるような汽笛の音 も聞こえてくる。

それにあの玄関前の、軒下の電灯光線、この閉じた目の奥までだけでなく、耳の中にまで染み込んでくるかのようだ。光も耳に聞こえて来るものなのか、と初めて知った。

後日、人に聞いたところ、東北地方では福島県が一番暑い所だという。その一番暑い所で旅の第一日、その夜、同じ日本国内は本州、そのまま関東地方から東北地方へと、北へと移動して来てしまった所、はじめての土地、郡山(コオリヤマ)であったが、僕にとっては全くの異郷の地、そこで野宿をしたのであった。

一日にしてここまで来てしまった! 
いや、ここまで来ることが出来てしまった! 

眠ろうとしても眠れないということも手伝ってか、そんな感慨に耽っている。同時に冴え渡ってしまった頭の中には色々な想念が去来する。

―― 家の人たちは今、どうしているかな? 
 ―― 明日はユースホステル(YH)に泊まれるかな? 
これからは全て一人でやって行くのだ。無事にやっていけるだろうか? 

 

 

夜の物音

 何だ、何だ!? あの物音は?

 誰か見回りにでもやって来たのか? こっちの方に来るのか? 

 まあ、いい。来たら来たで、、、、、、、、、、。

 聞き耳を立てている。

 誰も現れないのか? 誰も現れなかった。

 何も起こらないのか? 何も起こらなかった。

 良かった。安心した。 でも、耳障りだ、あれは。

 

木々の葉と葉が夜風に吹かれて擦れ合って何やら喋っているような、 そこに横たわっている誰かを話題に会話を交わしているかのよう。それが恰も底の磨り減ったサンダルで地面を擦ってこっちの方へと、誰かが歩いてやって来るかのようにも聞こえたのだった。

それにしてもコンクリートの上に寝転がったままだと背中が痛いし、実は寝てもいないのに寝心地も悪い。屋根に覆われた、天井の見える、快適な畳の上ではないのだ。そして柔らかい布団の上でも、中でも、下でもないのだ。

ぼくは足の爪先から頭の天辺まで、それとも頭の天辺から足の爪先まで、と言うべきか、静かな水面に一石を投じたために、波紋が次第に広がって行くかのように、本日、正に その波紋に揺られて遠くへと離れて行く旅の人になった。

それにしても、この蒸し暑さ!

この蒸し暑さ! 

何とかならんものか?
 

一句でも作って見ようか、誰かの真似をして。 そうしたら少しは涼しくなるかな?

――「この蒸し暑さよ、蒸し暑さよ、ああ、この蒸し暑さよ! 」

 

 

寝入るための施策 

肉体は疲れきっている筈なのに、どうしたことか。 寝入れない 

いい考えが浮かんで来た。数字でも数えてみよう。そうすれば好い加減嫌になって、飽きて来て、本当に疲れて来て何時の間にか寝入ってしまうかもしれない。羊が一匹づつ柵を飛び越えて行く、とか。かの国では英語で数えるのかな?

ここは日本だ。

ひとおーつ、ふたあーつ、みいーいっつ、よおおっつ…… 

頭の中で数え始めた。動物が左から右へとスローモーションの絵を描くように飛び越えて行く、そんな光景を想像してみた。段段と眠くなって行く自分を夢見ながら、数字を、いや羊の数を数え続けた。

ますます寝られなくなってしまうようだ。数字を数えることなんて、誰が考えたのだろう、馬鹿馬鹿しい。 これは子供騙しだ。 大人の、この俺様を騙せるとでも言うのか。

寝入れないでいる自分をますます意識している。 眠れないでいる、この自分を忘れさせてくれ!
眠らせてくれ!

 

 

再度、夜の物音

サワサワサワッ。
 

さっきの、忘れてしまっていた人が今度は、本気になって見回りにまた来たのか?! 

生温かい夜風が木々の葉を揺らせる音。耳が好い加減過敏になっていると言うのか、神経が高ぶっていると言うのか、必要以上に神経質になっているのだろう。

初日にして野宿をするとは思ってもいなかった。出発する前、確かに、寝ようと思えば何処ででも寝られる 、覚悟はできている、何も心配することはない、何とかなる、と気楽に、楽観的に考えていた。考えていたことがそのまま早速、実行に移されたという次第。それにしても我ながら驚かざるを得ない。

でも現実に寝られないではないか。寝 ら れ な い!

こめかみの所、脈が打っているのではなく、ドラムを叩いているかのようにはっきりと大きく聞こえる。

ここに来て、突然、不眠症にでも罹ってしまったのだろうか?                                                                         

 

 

翌朝の午前4時頃まで、色々と試していたためか、目覚め続けていた。                                                 

 

 

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