いわき(平)[福島県]→仙台[宮城県] 日本一周ひとり旅↑ もう我慢ならん!
「第4日」 19xx年8月9日(水)晴れ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 仙台[宮城県]→ 石巻
今朝、YHの食堂では昨日の朝別れた、あの東北一周・自転車の旅の二人組みにまた出会った。写真を撮った後、別れ際に「 オレたち、また同じYHに泊まるのではないかな」と言って、それぞれの方法で仙台に向かって行ったが、その予言が実現してしまった。
昨晩、屋上で話したヒッチハイカー君、朝早く平泉に向けて出発した。「泊めてくれなくとも
オレは泊まるぞ!
」といった意気込みが感じられた。
■仙台市内から市外へと歩く
ぼくも午前8時にはYHを出発した。まずは自らの足で出来るだけ早く仙台市内から抜け出て、市外へと行ってしまおうとした。
市内ではヒッチハイクの合図を送っても、申し合せたかのごとく、どの車も見て見ない振りをするばかりのようで、
市内では乗せて貰える車はどうも殆ど皆無であった。
仙台市内から市外へと出るのに2時間強も歩き続けてしまった。しかも国道45号線に出て行こうと思いながら、
地図を片手に歩いていたのに、実はとんでもない方向に歩いていた。勿論、方向転換を余儀なくされ、歩きに歩いた。
気がついたときには目的の国道45号線に沿って歩いていた。
車は相変わらず止まらない。短距離の便乗でも良いから、乗せて貰えるならば有り難く乗せて行って貰おう
。方針転換、長距離を行く車だけに乗って行こうとする拘りを放棄した。
方針を変えて相変わらず歩き続けていたところ、一台止まった! そんなものなのかもしれない。やはり心に余裕がないと行けない。その車に乗って、多賀城まで来た。そして次ぎの、本日2台目の車は途中あの有名な、と言われる松島を右に見ながら、富岡まで乗せて来て
貰った。この運転手さんは
聞き上手であった。多分土地の人なのだろう、仙台線の由来などを話してくれた。
3台目の車は、2台目から降りて、すぐ目の前に同じく信号待ちしている、男一人、女一人子供一人が乗ったバンであった。我ながら鮮やかな、見事な乗り継ぎ! 降りて30秒もかからなかった
。
「石巻の方へ行きたいのですが、、、」と声を掛けた所、
「あっ、そう。ちょうどいい、石巻まで行くところよ」ということでグットタイミング。石巻に海水浴に行くのだそうだ。車中、コーラと菓子袋を女の人から持って行きなさい、と手渡され有り難く頂戴した。
午後零時10分、「降りる所はどこが良いですか?」ということで、石巻駅前で降ろして貰った。
■石巻
昼時の石巻に着いてしまった。
石巻には何か見るべきものでもあるのだろうか、と頭の中を探った。
どうしようか? 確か、石巻には、それとも周辺だったか、何か見るべきものがあった筈だが、それを見て行こう。でも、思い出せない。
リュックを背負ったまま、その辺、街中をうろうろしていると、喉の渇きを覚え、これは幸いとタクシー会社営業所の社員たちが自由に飲めるように備え付けられてあった冷水タンクを偶々目にする。ぼくは社員ではなかったが、ポリタンクを持って中へ入って行った。
昼食を取ることにした。昼食を取った後、どうするか、考えてみることにしよう。車の中で女の人に貰った菓子とこのポリタンクの冷水を飲むことで昼食とした。
味気ない昼食を取りながら、ようやく思い出した。この近辺にはよく話に聞く、金華山がある筈。その金華山へと行こうと思えばすぐにでも行ける、そんな所に自分は今、来ている。
金華山とは名前でしかなかったのだが、それでもそこへちょっと行って見ようか、と心が動き、今晩は金華山のYHにでも泊まってみようかと
も考えた。
どのように行こうか?具体的に考え始めた。
しかし、駅の階段を降りてくる団体客やら駅前にたむろしている人達を観察していると、どうも皆んな、金華山を目差しているようだ。こんなに多くの人達が次ぎから次ぎと金華山に向かって行くのだろうか。こ
れではYHには泊まれなくなるのではなかろうか?
まだ日が暮れるということでもないし、慌てることもないだろう。ゆっくりと落ち着いて決めよう。
金華山へと行くためには牡島半島を通って行かなければならない。その先端までにはコバルトラインという有料道路が走っている。有料道路を通って行かなければならないらしい。
まだ一度も有料道路を通ったことがなかった。が、有料道路があると聞いて、ぼく自身も料金を支払わなければならないのだろう
と思ってしまった。料金を払ってまでして有料道路を行きたくはない。
それよりも未舗装の道路を通って行こうか。地図を見ながら色々と考え、思いを巡らしている。有料道路と並ぶように未舗装の道路も海岸伝いを走っている。
行くだけの価値があるのだろうか?
半島へと行く車、しかもヒッチ出来る車なんてあるのだろうか?
出発してから今日で4日目、今まで比較的幅員が広い国道に沿ってここまでやって来れたが、半島へと行く道は国道と呼べる程でもなさそうだし、交通量もたくさんあるというわけではないようだ。国道沿いでなければヒッチハイクは出来ないもの、と暗黙裡にも
ぼくは信じ込んでいた。
空を見上げるとまだ明るいし、駅前は人通りもまだ多い。バスがひっきりなしに発着している。
今から出たとしてもそこまでは行き着けないだろう。石巻から先へと進んで行くという考えも立ち消えてしまった。
ヒッチハイクが難しいならば、バスに乗って半島の先まで行って見ようか? 大勢の観光客で金華山へと渡れないかも知れない
が、とにかく行って見ようか? 状況が良く分からない。
すると、突然、別の陰の声が聞こえて来た。
「でも、どうしてそんなに金華山行きに拘(こだわ)るのかねえ? 気が知れないよ、全く。」
バスの発着時刻表を確かめて見た。鮎川へと行く次ぎのバスは14時49分発と記載してある。そのままバスの切符売場窓口へちょっと顔を出して、鮎川までのバス料金は幾ら掛かるか、と訊いてみた。420円。現地までの距離、到着まで一時間程掛かる、と。
片道だけで420円? 口には出さなかったが、ちょっと高い。往復で840円。それに金華山へと渡る船賃と、さらにYH宿泊費を加算すると一千円を簡単にオーバーだ。一日当たり一千円以内の予算で遣り繰りして行こうというのに、これではちょっと掛かり過ぎる!
「それでは行かないのか? どうなのか?
行くのか?」
石巻の駅前では時間稼ぎの、優柔不断の、一人芝居が永遠と相変わらず演じられていた。
「おい、ハッキリしろったら! もういい加減にしろ」と陰の声。
よしっ、オレも男だ!
決断しよう!
決断だ、決断!
男の決断だ。 行くのだ!行くぞ!
行く!
「よおっ、大統領、待ってました!
そうでなければ、男が廃(すた)る!」
そんな声が掛かった、と思われた。
「何〜だ、行かないのか!?
もう、時間がないぞ。どうする積もりだ!?」
■バス待合室ベンチの上の伸び
てしまった
さて、その切符売場窓口の脇にはバス待合室があり、ベンチが4、5台配置されてあった
。心の中が振り子の如く左右に激しく行ったり来たり、精神的にも肉体的にも疲れてしまった。一番奥のベンチに暫く体を横たえ、ちょっと目を瞑って休もう。
何か良い考えが頭に浮かんで来ると思っていたのに、その代わりかどうかは知らないが、トイレからのあの独特な、アンモニアの良く利いた、湿った臭いが鼻に届いて来た。
人が入れ代わり立ち代わり、空いているベンチに座りに来るのが閉じた目に映るが如く聞えている。
喧しくてゆくりと落ち着いて休んでいられない。
背中も痛い。楽になろうとベンチに横たわったのだが、仰向けに寝転がることさえもが苦痛だと感じ始め、もうこれ以上は我慢出来ないと起き上がって、今何時かと腕時計を見たら、午後5時になんなんとしていた。しかし、外はまだそんなに暗くはない。まだまだ人通りが続く。
夕方が近い。こうなったら、もう意識しようとしまいと、――いや、もう意識し始めていたのだが、―― 今晩はこの石巻で一泊
、どこか適当な寝場所、宿を探さなければならない。
バスの待合室を後にした。
何処へと通じているのか、石段を一段一段と登って行った。石巻の町が一望に見渡せる山、と言うのか、丘、と言うのか、その上へ出て来た。と、登り切ったそこに神社があった。そこの神社の人なのか、夕涼みをしている夫婦らしい。
「今晩泊めさせて貰えないでしょうか?」
と迷惑を承知で恐る恐る頼んでみた。
「そんなことはやっていない!」
言下に断られ、ははっ〜と殿様に怒られた家来のごとく、恐縮して引き下がった。
「下の方にはお寺があるので、そこで頼んで見たら」
強く断ったことでちょっと気が咎めたのか、そんなヒントを与えてくれた。
その寺に行ってみた。
「誰かの紹介を持って来ましたか?」
「いいえ」
ここでも断られてしまった。
近くに小学校があった。校庭に入って行った。闇が四周から迫って来るような感覚を全身で受けながらも、そこに突っ立ったままどうしようかと思案していたら、校舎の中から女の人がちょうどうまい具合に出てきた
。近付いて行って、「学校に泊まることは出来るのでしょうか?」と聞いてみたら、「多分駄目じゃないかしら」という返事。更に尋ねようとしたかったのに取り付く島もなく、すたすたと目の前を通り過ぎて行ってしまった。
石巻駅へとまた戻ろうとした。
石段を降りる途中で男の人に会う。立ち話をする。この人も昔、旅をしていて泊まる所がなく、消防署とか民家とかに泊まったことがあった、と話してくれた。
結局、今晩は泊まる所がない! いや、まだ、ない。石巻駅へと戻って来て、構内の長ベンチに横になった。
時の流れるままに身を任せよう。何かをすると言うのでもない、ただ身動きもせず、じっと横たわっていた。両腕を胸の上に組んだまま、眼をつぶって、何かが起こるのをじっと待っているような、――実は何か名案でも浮かんでくるかもしれないと期待していた、――何かにじっと耐えているな、そんな様子が見て取れたことだろう。
午後9時、駅員が親切にも、丁重にも起こしにやって来た。職務遂行。構内から余計な者を追い出して、本日も店仕舞いと
するのだ。
むっくりと難儀そうに起き上がり周囲を何となく見渡したら、いる、いる。いるではないか。何時の間に集まって来たのだろう。宿無しが7、8人、他にもいた。我らは皆同類ということか。
追い出されて、これから何処へ行けば良いというのだろうか。とにかく別の場所を探さなければならない。
■駅から追い出され、寝場所探し ぼくは、と言えば、プラットホーム伝いに何をかに導かれるかのように一人で歩いて行った。
誰もいないらしい貨物置場、貨物と貨物との間の窪んだ所に恰も今晩のぼくを今か今かと待っていたかの如く、崩れかかった汚いソファーが一つだけ放置してあった。
今晩はもうここで寝よう。
即決だった。 その埃っぽいソファーに仰向けに寝転がった。寝入るのを待つ自分――これはこれは良い宿泊先が見つかった! と安心しきっていたら、そんな安心も束の間、蚊が生き血を求めて容赦なく
ずうずうしくも襲ってきた。
蚊に刺されないようにと両手には軍手をはめた。またTシャツのままだったのを長袖のヤッケを着込んで腕を 防御した。呼吸し難かったが、顔全体には手拭で覆った。
それでも蚊のしつこいこと! 完全には覆われていなかったヤッケの袖と軍手との間の、少しく顕れたままの腕と掌の関節部、その皮膚に集中攻撃を仕掛けてきた。
悲しいかな、否、哀れかな、数え切れないほど刺されてしまった。刺された個所を良く良く観察してみると、ぶすぶすと針で幾つもの穴を黒く開けられてしまった跡みたいで、その状景を見て思わずブルブルと全身に悪寒が過った。軍手は全然防具とはならなかった。
東北の蚊はそんなにもしつこいのか!?
そんなにも針が長いのか!?
そんなにも血に飢えた蚊か!?
追っ払っても、追っ払っても食い下がって来る。
後で人に聞いて見たところ、そんな風に意図も簡単に東北の蚊について教えてくれた。その晩、ぼくは蚊蚊様による生体実験の対象となり、奇しくもその生きた証人となってしまった。
うわわあ〜 痒くてたまらん!
突然の訪問客のお陰で一睡も出来なくなってしまった。 |