古平→神恵内→珊内  日本一周ひとり旅↑  珊内  

 

「第11日」

       19xx年8月16日(水)雨

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 珊内、“秘境・さいの河原”  

 

 

積丹カモイYHでは2泊した。

2泊したからと言っても、ここ地元では「あなたは連泊しましたね」とは言われない。 ここのYHでは、“連泊”という言葉については特別、格別の意味を込めている。

ところで、昨晩のミーティングで説明があった。ここ珊内には秘境・「さいの河原」がある、と。 秘境とは何か。人があまり行ったことがなくて、良く知られていない所。そう理解していた。

 「明日、行って来て見たい人はいますか?」

当地に来た序だ。それに何でも経験だ。若い時の思い出つくりだ。 ぼくは行って見たい人になることに決め、早速、行って見たい人になった。 明日が待ち遠しい。ぼくの他に更に3名の志願者があった。皆、男達だ。

 「それでは明日、4人の皆さんは一緒に行って下さい」

 「ええ、そうします」

 


その一夜が明けた

雨模様。晴れた空の下を行きたいと思っていたのに、しかも出発前には、 と空をうらめしそうに思いを込めて眺めても、この思いは天には通じない のか、届かないのか、全然止みそうにもない。

午前8時20分、雨の中へと決行。昨晩、ミーティングの席上、皆の前で行くと宣言したので、 ――まさか雨になるとは想像していなかったが、そして、雨だったら行かないという条件を留保して置いた訳でもなかったのだが、―― 雨でも行かざるを得ない。YHのゴム長靴を借りて、ぼくは自分用の半透明ビニール・カッパを羽織った。

外へと出る。待ってましたと言わんばかりに襲ってきた。この風!  強烈。押し倒されそう。前傾姿勢でないと前進出来そうもない。しかも雨は横殴りに激しくぶつかって来る。 風の吹く方向が一定していない。もう滅茶苦茶。

カッパは風に剥ぎ取られてどこかへと持って行かれそうだし、身に付けていても全然役に立たない。頭から 足の爪先まで、全身 ――、もう、勝手にしやがれ、どうにでもなれ――、 雨に打たれ濡れるままに任せるしかなかった。

雨の所為で進んで行く道は十分に濡れて滑りやすい。いつ滑るかは予想出来ず、 アッと叫び声を上げた時には既に遅く、ツルルンと滑っては尻餅をついてしまった。 一度あったことは二度あり、餅と言っても勿論食べられもしない、そんな餅を何度かつき始めて、 ズボンの尻はネバネバ、いや、濡れ濡れになるし、勿論、ズボンの中までじんわりと湿ってきて不気味な不快な感じ。

スキーを履いて滑る、ではない、寧ろ転ぶが如きことを体験したくてここにやって来た わけではなかったのに、滑っては転んでばかりいた。ストック、転ばぬ先の杖を持って来れば良かった。

雨水でぬかった所、一人がやっと通れるだけの道幅、迂回道はない。そのまま進んで行く。 と、足を取られるし、深みに入ってしまってはゴム長靴の中に泥水を序に入れてしまう。カッパも、 長靴も全然役に立たない。

借り物の長靴はグチャグチャと変な音楽を奏でるラッパのような音楽楽器に変身、 そして暫くすると足元からオナラの如き伴奏付き、ブッカ・ブス・ブッカ・ブスと変奏曲を奏でるようになり、 そんな音楽を友(共?)に目的地の河原まで辿り着こうとしていた。

一体全体、この風雨の中の、この強行軍とは???? 何の意味があったのか。 この北海道の旅の路程ではこれからも雨の中でも行かなければならない状況に遭遇するからということで、 先ずはその予行練習をやっていることになるのだろうか。気にしてもいられなかったが、 髪の毛は風雨によって乱れっぱなしの、濡れっぱなし。




■ヒゲ男一人

漸く、“秘境・ さいの河原”に着いた。結構大きな石がごろごろと河原をなしており、 前方は海であっても何かここだけは閉ざされた、入り江のような秘密の空間をなしていた。 河原の石が塔のごとく、そこかしこに組み立てられ置きっ放しにされている。

これは何の真似だろう? 何か意味があるのか。観光地にはよく落書きが見られるように、そんな精神で以って、 ここまでやって来たのだから、序にということで私的な思い出でも残して行ったのだろうか。

河原にはまた、風雨に洗われた木造小屋がぽつんと建っていた。戸を開けて中に入って行こうとすると、 誰だろう?誰もいないと思っていたのに、ヒゲ面男が一人、こんなところで何をしているのだろう。 その人の座っている背後には何らかの地蔵さんと祭壇が見られる。赤い布切れがけばけばしく目に飛び込んでくる。 個人的な印象だが、このけばけばしい朱色、どうも好きになれない。押し付けがましい色だ。

話を聞いてみると、2、3日一人きりで生活していたらしい。具体的に何をしていたのか。 余り話したがらないようだ。人生についてとか、自然の神秘とかを瞑想していたのだろうか。

長時間、風雨の中を奮闘してやっとの思いで目的地に着いたのだった。今までは汗を掻き掻き、 動の体勢を取り続けていた。ここに来て静の体勢になった。と同時に、ああ、やっと着いたということ で安心したのか、今度は体全体に渡って疲れと寒さがじわじわと伝わって来るのを実感している。 その人から差し出された熱い紅茶は体を温めるのにそれほどの即効はなかったが、 肌寒かったし疲れてもいたし、甘く美味かった。





■やったぜ

一日中雨だった。雨だから、ということで行かなかったとするとどうだろう。 容易に想像されるのだが、YH内で一日中、燻っていただろう。行って来て良かった。

 雨に風に打たれながら、七転八倒しながら、我々4人はYHに戻って来た。

 「ご苦労様でした!」

一日、雨降る外で何かを、そう、何が何だか良く分からないが、何かをやってきたという実感を我々四人、 一人一人がそれなりに持ち帰って来ることが出来た。そう思う。

 「やったぜきねん

 秘境・西の河原

 47・8・16

 積丹かもいユース・ホステル」

YH手製の証明書を貰った。この河原の前方、海上、今、正に朝日が昇ろうとしているのか、 それとも夕日が落ちて行こうとしているのか、そんなイラスト付きだ。やったぜ、か? うん確かに、 やったぜ、だ。往復するだけでも8時間掛かるという、通称「8時間コース」を完歩したことは確か。 秘境の「さいの河原」とは、“西の河原”と書くのか。証明書を見て、始めて知ったぜ。

 

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