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「第14日」 
    

      
19xx年8月19日(土)曇り 
                                                        札幌             


           
 

                       

■”Boys be ambitious! ”

午前8時25分、起床。

午前9時、昨晩の宿泊が同室となった、関西からの大学生と一緒に部屋を出る 。洞窟のような薄暗い寮の廊下を通って、泊めさせてくれた北大の学生にお礼を述べに行った。

 

外に出る。途端に明るくなった。観光客らしい人たちが、北大構内をあちらこちらと気ままに歩いている。

例の、北海道開拓の歴史を伝える、余りにも有名な言葉を残したクラーク博士の銅像 だ。

さあ、どうぞ、銅像、どうぞ、もっと近寄って、どうぞどうぞ銅像を確認して行って下さい、と言った風情だ。

     Boys be ambitious!  諸君、大志を抱け!
 

銅像を見上げながら多分、心の内に大志を抱いたことだろう。関西からの大学生は別の方向へ行くとのことで、我々は銅像前で別れた。ぼく一人は正門の方へとポプラ並木道の中を歩いて行く。一晩寝た後、いつもの習慣で腹が減っ ていると感じた。大学の生協食堂に立ち寄り簡単な食事、朝食を取る。
 

 

 

 ■大通り公園での人間模様

札幌駅まで歩いてやって来た。自分自身がそうだ ったからかも知れないが、リュックを担いだ人たちがやたらと目立つ。駅前の像を背景に写真を撮る人や、その回りに腰掛けて休息する人、大都市での常、 見慣れた風景、人々で、バスで、車々で混雑していた。
 

北海道の首都、札幌と言えば、そう、旅をしている人は普通何処へとやって来るかと言うと、冬は 2月の雪祭りで有名な、そして夏は、何だろう? とにかく、あの大通公園に来た。午前11時30分だった。

たくさんの人達が思い思いに時を過ごしていた。

カメラを向け合ってニッコリやニヤリ としている人たち、

 ベンチに二人して寄り添って何やらこそこそと囁き合うように話す恋人らしき人たち、

 芝生の上、無造作に寝そべっている人たち、

 明るい太陽、誰か男友達でも待っているのか、そんな様子に見える女の子達、

 旅で疲れたのであろう、それとも昨晩はちゃんと寝られなかったのだろうか、ベンチの上に長々と寝そべっている女性が二人! 

 楽しそうに談笑しながら通り過ぎて行くカップル、

 焼きトウモロコシに齧り付き頬張っている人、

 美味しそうだなあ、醤油味、 良い匂いだ、食欲をそそる、オレも食いたいなあ、唾をごくりと飲んでいる ぼく、

 またそのトウモロコシを買うために列をなしている人々等々、

 以上、色んな人が観察出来た。

 

 

 大通公園に遥遥(はるばる)と初めてやって来て、何かを取り立ててするというわけでもない、蜜を求めて花から花へと気ままに移動する蝶々のように、一つのベンチから別のベンチへと、座り心地のより良いベンチを求めて移動しながら何とか快適な良質の休憩を得ようとしている、そんな人もいた。そして腰掛けたと思ったら、太陽に顔を向けて暫くはそのまま目を瞑っ ている。明るい日差しを受け取ろうとしている。

 ベンチからベンチへと移動しているあの人、

 一体何をしているのだろう? 

 一体誰だろう? 

 と不思議がる人がいたかもしれない。

 何を隠そう、ぼく その人で あった。
 

 さて、北海道に渡って来てからというものは今までとは違った寒さを感じていたが、ここへ来てその寒さを思い出した。長袖の肌着の必要性を感じたので、一着買って置こうと市内、色々とお店を回った。三越、丸井、長崎屋と、安いものが売っていそうな店を渡り歩いた。荷物のリュックサックは背負ったまま、両肩 に重たい。それでも捨てるわけにもいかないから、担いで動き回る。正に甲羅を背負ったカニだ。 買い物客のおばさん達に混じって、長袖シャツ売り場へと向かった。

 どの店でも相当混んでいた。荷物(つまりリュックサックのこと)の背後から荷物を避けるかの如く、荷物を勝手に押す人もいる。 我は前へとつんのめりそうになる。誰も押してくれとは頼んでいないのに、不用意に押された感覚は余り良いものではない。ぼくと荷物とは 一身一体なのだ。反動でむきになって押し返したくなる衝動に駆られそうになった。「放って置いてくれ!」 そう嫌味でも一つ言ってやりたくもなりそうだったが、紳士的にぐっと堪えた。

 リュックを背負って普通の買い物客の中に入り込んでしまったのがそもそもの間違い 、見当違いであった。それにしても両肩の荷物の重量感、荷物自体がその存在を飽きることなく執拗に主張しているようだった。パンツも必要だった。が、まだ間に合うだろうということで買わなかった。と言うよりも、実の所、店内の人ごみから逸早く解放されたかった。この旅人が来る所ではないと分かった からだ。

 

 

 ■午後、中島公園

 それからは札幌駅を後にしながら、中島公園の方へと盲滅法的に、でも確実にこの方角の筈だと見当を付けながら辿りつくまで歩き続けた。南八条辺り以降が目指す公園に当たるらしい。着く頃の道々は人通りも車の往来もめっきりと少なくなる。

 午後2時45分、中島公園に到着。国宝に指定されているという庵室の前で、持参のカメラを室蘭(ムロラン)から来たという人に手渡して、庵室を背景に写真を 一枚撮って貰う。北海道にやってきて、この地にも足を運んだという証拠を後世に残すため、ちょうどうまい具合に目に付いた、国宝も序に写真に入れて置こう。

 公園内の野外音楽堂ではロックコンサートが始まっていたらしく、重い荷物を担いだまま、まだ若いと言うのに“どっこらしょ”と言いながら芝生の上に腰 と言うのか、尻というの、どっちにしろ地面にを降ろして暫くは遠くから一人きりの外野席で見物と相成った。ビートの利 いたロック音楽を久し振りに聞いて、心のうちに躍動を、若者らしさを感じた。暫くは耳を傾けていた。

 風がさっと吹き過ぎて行った。 思わず首を竦(すく)めた。肌寒い。鳥肌が立つ。

 実は、この公園には今晩野宿する積もりでやって来た。コンサートは午後8時まで続くというので、最後までここで聞いていようと考えていた。しかし、この寒さ! 風を防ぐものがない。気が変わった。

 公園を後にする。池の上にはいくつものボートが浮かんでいる。皆二人か三人連れで、一人で乗っているボートは皆無だ。ぼくの心の中にも肌寒い風が吹き抜けて行くようでもあった。一人きりの旅だ。

 

 午後5時10分、中島公園を出た。

 来た道をまた戻ることになったのだが、そろそろ夕食のことを考えなければならない。何処か安い所はないか、と食べ物屋が目につき次第近寄って行ってはショーウインドウのサンプルを覗く。値段はどれも これもと高い。もっと安いお店はないものかと探し歩いているうちに振出しの大通公園にまで戻って来てしまった。

 夕食を食べよう食べようと思っていながら食べることが、結局、出来なかった。何処かで食べなければならない。来た道をまた戻って行く。狸小路まで来た。この辺だったら安い所があるだろうと思い、 狸小路の端から端まで隈なく往復した。両肩の荷物はそのまま背中に糊で貼りついてしまったかのようだ。

 ようやく見つけた一軒の中華料理店。食べる前、やっとこさと両肩に食い込んでいた荷を降ろしたが、 降ろした後もそのまままだ荷物が背中に居座っているような感覚が暫く続き、体全体が極度にだるかった。午後6時半を既に回っていた。腹が減り続いていたので、平らげるのもアッと言う間だった、いや、アッと言う暇もなかった。

 

 

 ■大通り公園での野宿

 食後、午後7時、再度大通公園へと戻って行った。今晩野宿するのに適当な場所を探すべく公園内を歩き回る。重たい荷物は相変わらず両肩に食い込む。

 何かの催し用に準備・設置されていたのだろう。肩ぐらいの高さになったステージのような広い所で寝ることに決める。リュックサックを背負ったまま、両手をステージの端に掛けて、勢いをつけてひょいと横っ飛びの如くジャンプ、ステージの上に乗る。 一段と高い所に来てみれば、既に誰か一人が横になっており、失礼にならないように、起こさないようにと黙って直ぐ近くに仲間に入れて貰った。ぼくも寝袋を広げて潜り込む。

 ようやく、今晩の寝場所を確保出来た。これで両足を、全身を伸ばしたまま寝れる。一安心であった。

 

 近くでは盆踊りが行われているとは寝転が って耳の感度が戻るまでは分らなかった。スピーカーからの盆踊りのレコード音楽と合間合間に聞こえてくる。

 「は〜い、皆さん、丸く輪を作ってください! 云々、云々」、

 「それでは一緒に踊りましょう! 云々、云々」

 アナウンスがいつまでもいつまでも続くようで、うるさくてうるさくて午後9時半頃まで安心して寝られる状況にはなかった。

 

 

 やっと静かになった。溜息が出る。戻って来た静けさの中、これで漸く眠れる。そう思った。寝入ろうとする。

 と誰か知らない人の、少々咎めるような要素を帯びた声がまだ冴えていた耳に届く。

 「市の許可がなければ、この場所は使えないのよ。だから、どいてね」

 「もう既に寝入ってしまいました。何も聞こえていませんよ」と無言で答えていた。

  狸寝入りだ。微動だにせず、じっと寝転がったまま、静かに息しながらも聞き耳を立てている。

 行ってしまったようだ。
 

 思うに今日は、札幌市街、碁盤の目と目の間を、縦に横にと重い荷物を背負ったまま、行ったり来たり、何の為にそんなに歩き続けたのだろう 。札幌という街の雰囲気を無意識のうちにも体全体で、足で、感じ取ろうとしていたのだろうか。両肩が痛かったことは多言を要しない。

 初めてやって来た札幌での一日はが終わった。

 

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