神居アイヌ古潭→旭川 日本一周ひとり旅↑  稚内→香深(礼文島)

 

 

「第17日」 

     19xx年8月22日(火)晴れ 

    旭川→美深→音威子府→幌延→豊富→稚内

                                

 ああ、

もう朝なのか。 忙(せわ)しい喧騒が戻って来た。 静かな時がゆっくりと途切れることなく、ずっと流れて行くものと思っていたが、ざわめきで目覚めてしまった。
 

 寝袋の中から顔を出す。待合室の中だ。ベンチの上。背中全体の 筋肉に否定し難い痛みを意識させられる。上半身をむっくりと起こす。まだ寝足りない。

 

 

 これは、これは、また驚いた。こんなにもたくさんの人達、いつ、どこから降って湧いて 来たのか?

 「は〜い、皆さん! 皆さん! 押さ ない、押さない! 押さないで下さ〜い!」といった風に余りにもたくさんの人で溢れんばかり。通路は言うに及ばず、椅子の上も、テーブルの上も 。

 身を横たえられる所は何処ででも、皆、荷物と一緒に思い思いの格好で寝ていたらしい。いやはや全く驚き桃木山椒の木だ。

 よく見ると、待合室だけではない。駅の外の、壁沿いのテラスの下、通路も一杯、そこら中、 寝袋の中に潜り込んでいる。女の人もいる! 旭川“ステーショ ンホテル”界隈は正に大繁盛していた。 

 

 

 午前5時半、構内、スピーカーからアナウンスが流れる。

「皆様、起きてください!  起きてください!」

  親切心からかどうかは知らない。当“ステーションホテル”の支配人からか、それともその声に自信のある、代理人からか、ステーションホテルに無料宿泊した人達に対する丁寧な要請だ。

 幸いなるかな、東北の、あの駅(読者よ、悟って下され)とは大違いだ。余りに大勢の宿泊客で満たされてしまったので、それが幸いしてか、追い出しを食うことはなかった。

 午前6時、駅のトイレで洗顔などを済ませた後、重いリュックを背負って駅を出る。国道へと向かって行く。

 

 朝霧! 

 15、6メートル先は何も見えない。旅に出ると色々と初めての体験をする。霧に遭遇するなど本当に初めてだ.

 漸くにして国道に辿り着き、早速ヒッチを開始。

 

 止まってくれる車がな い。一体全体どうなってしまったのか? 

 本当に止まってくれない。ついつい絶望的な思いに襲われる。出発からもう2時間以上も経っている 。一台も止まらない。止まらないものは止まらない。現実を受け入れるしかない。

 

 午前8時15分、トラックが止まった。漸く。止まるものは止まる。これも現実、喜んで受け入れた。心の内に希望がまた戻って来た。運転手さんは美深(ビフカ)出身とのこと。

 「うちでアルバイトしないか?」と持ち掛けて来た。
    
 「何時でも良いよ」

  材木を切って運び出す仕事だそうだ。

 

 午前10時10分、その美深に到着。トラックから降りて歩いていると、5分後、男の人二人が乗ったバンが前方に止まり、窓から首を出し、「乗って行け」と勧めてくれる。

 断る理由もない。 「乗って行け」の勧めを素直に受け入れた。生粋の北海道人のようだ。話し方がのんびりしている。後席に一人腰掛けていたぼくは余り話すこともなく、二人 が話し合っているのを耳に入れながらも到着するのを待っていた。口が利けない荷物のごとく、運ばれているといった感覚であった。

 

 午前10時48分、到着。下車。 ここは何処だろう? 

 全く何処か分からない。周囲を見回す。地名が記された看板か何か、手掛かりになるものを見出そうとし た。

  ― 音威子府(オトイネップ)だ。

 

 さあ、それからであった。車が今度は一台も止まらない。いや、そうではなく、 車は殆ど通らない。通るのはぼくだけ。ほんの時たま、通って行く。それも乗用車が主だが、車中は人で一杯だし、もう一人(つまりぼくのこと!)乗せて貰える余裕もない。

 ヒッチハイクの旅もここに来ては、のんびりと構えるしかない。車が殆ど通らないのだから、ヒッチのしようもない。止まらない、止まらないと 悩むこと自体がおかしい。国道沿いに住んでいる土地の子供だろうか、周囲よ り一段と高くなった国道に前触れもなく、まるで何か宇宙人の到着の如く、地底から湧いてきたような登場。下の方からひょっこりと、最初 は頭だけ、それから全身がぼくの目の前に現れる。ぼく一人が国道沿いにぽつんと突っ立っている姿を見出して、コメントしている。 ぼくに向かって問い掛け たのか、それともひとり言なのか。

「夏なのにジーパンを穿いているよ」


 ぼくについての偽りのないコメントだ。全くその通り!  ぼくは大人、聞き流した。

 

 午前11時15分、トラックが久し振りに来たので、タイミング良く手をさっと上げたら、がっがっがーと止まってくれた。図体の大きい車がこんなちっぽけな自分の為に止まってくれた。この対比が実に印象的だ。ヒッチの初心者であったのが、こうして自分にもヒッチハイクの実力が付いてきたのかと内 心得意であった。

 幌延(ホロノベ)を過ぎる頃からは右手側に利尻富士が見えてくる。

 午後零時半、豊富(トヨトミ)に到着。下車。

 郵便局に立寄って貯金を少し下ろし、豊富の外れまで歩いていると、またしても前方に止まる車が現れた。何ら合図もしないのに止まった。合図なしで止まった車、本日、2台目だ。ちょうど稚内の自宅に帰るという乗用車。美深で下車したぼくの姿を見て、「よし、次ぎは オレが乗せて行ってやろう」と思い続けていたのだそうだ。運転手さんの思いが叶った。ぼくも嬉しい。約35分走って、稚内への入り口まで来る。

 乗れたと思ったら、次ぎは歩く。目的地がはっきりしているから長距離を歩いて行くことも、もう苦ではない。歩いて行けば必ず、少しずつでも確実に目的地へと近付いて来る 。

 稚内公園には午後3時に着いたから、どのくらい歩いたことになるのだろう。2時間弱。我ながら良く歩く わ。健脚家にならざるを得ない。公園からは稚内の街が一望出来た。

 今晩の宿はこの公園内にある、青年の家。久し振りに風呂にも入れた。

 楽しみにしていた夕食はカレーライス、食い足りなかった。知らぬ間に皿の上は空になっていた。さっきまであった筈なのに、誰が 食べてしまったのだろう。不思議だ。お代わりは利かなかった

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