「旭川→→豊富→稚内」 日本一周ひとり旅↑ 香深(礼文島)→鴛泊(利尻島)
「第18日」
稚内→ 香深(礼文島)
午前6時、起床。
朝食は簡単に済ませた。尤もどんぶり2杯、昼食の分までも、と平らげた。今日は海を渡って礼文島に行く。
午前6時50分、宿舎を出る。午前7時半には船が出るので、急がなければ ならない。港まで女の子二人と始めのうちは一緒に喋りながら、余裕しゃくしゃく、ゆっくりと歩いていたが、船に乗り遅れるようなことになってしまっては困ると気になり始め、段段と気も急き始め、港に到着したと同時に、 一直線に切符販売窓口へと向かった。乗船手続きもそそくさに終わらせて早く乗り込んでしまおうとした。一緒にやって来た女の子達のことはもう念頭になかった。
礼文―利尻―稚内の3枚一組5日間有効の切符を買った。
出航は予定時刻よりも10分遅れた。船は一路、礼文島に向う。風がなく、海上は静かだ。船の中は殆ど若い人達だけで埋まっていた。皆リュックサックを背負い、申し合わせたかのようにカメラを片手に持って、稚内の灯台に向かって、また利尻島が左手に見えてくればシャッターを切っていた。
船の甲板の上に立って、今、あと数分で礼文島に到着するという、そんな周囲の状況の推移を眺めていると、
岸壁では乗船待ちの人々が列を作って順番に並んでいるのが目に入ってきた。その脇では今正に到着しようとする我々を歓迎するために出迎えにやって来てくれたのか、
いや、仕事、仕事!
実は幟の旗を持ったりしてもう大声で叫んでいるのが聞こえる。民宿、ホテル、旅館、YH等、それぞれの旗を振りながら、「は〜い、船に乗ってきた皆さん、
お疲れ様でした。こちらの宿にお泊り下さ〜い!」ともうすぐ自分達の前にやってくる下船客に向かって宿泊の売り込み、呼び込みをしようと待ち構えている。
午前10時半頃、礼文島は香深(カフカ)に到着。
評判の「桃岩荘YH」に泊ることに決める。YH所有の小型トラックに荷物を預け、この身柄はバスに乗ってYHの近くまでやって来る。
午前11時10分、YHに到着。本日は150人程が泊るそうだ。船の中で一緒だった人の顔がこのYHの中でもいくつも見られた。
昼食は少々の菓子で済まし、それで良しとした。そして、さっそく島を偵察だ。島の頂上まで一人で登って行った。
展望が開けてきた。何とも言いようのない良い眺め。目の前の海は青々
、沈黙、動かない。眼下の、この日本海はまるで氷の上をスケートした後に見られるシュプールのように筋が思い思いの方向へと無秩序に広がっている。まるでこの高台からそこまで飛行機にでもなったつもりで 両腕を水平に広げて飛び立ち、ゆっくりと軟着水し、その上をこの両足で歩いて行けるような錯覚に陥る程だ。海は沈黙を押し通し、四周は静寂 が漲っていた。
仰向けに横たわった。勿論、軟着水した後の海面上ではなく、島の大地の上。太陽
光線が顔に当たる。その暖かさに包まれる。全身がマサージを受けたようで気持ち良い。眠気が襲ってくる。昼寝をするのも悪くはない。静か。本当にここが日本の最北端の島なのだろうか。全てを忘れさせてくれる
。島はのどか、別世界だ。
耳を澄ましていると、海鳥とカラスの鳴き声、そして舟のエンジン音が何処 からともなくこの高台の上の方まで届いてくる。この島に渡って来て、ぼくみたいに島全体を眺め回している他の多くの若い人達の呼び合って戯れる声やら歓呼の声も途切れ途切れに届く。本当に来て良かった。
夕食を取っていると、館内アナウンスがあった。
「夕日が綺麗に見られますよ!」
アナウンスを聞いて、多くのホステラーが玄関前へと出て来る。夕食を終えてからでも間に合ったが、沈む夕日は見る見るうちに沈んで行く。女の子達はあー、アーと声にならない、女の子らしい驚嘆の声を発し
ている。
本州を出発してから本日で18日目。
ところでこの日本一周のひとり旅「はじめてだった北海道一周ひとり旅」編をここまで続けて来て気付いた
のだが、人が多く集まる所ではきっと聞かれるのが関西弁、つまり関西からの旅行者が多い。しかも、グループ旅行。仙台でもそうだったし、駅の待合室でも、そしてここ礼文島の桃岩の見える高台でも
。
グループ旅行を否定するわけではない。が、ぼくみたいに一人旅をしている所にワイワイ、がやがやと“旅”をしている人達が現れると何かが間違っているのではないのか、何処か場違いな思いを
ぼくは抱いてしまう。
グループ旅行では自分を振り返るということはないのではなかろうか。旅をしているという気分にしんみりと浸ることはないのではなかろうか。だからと言って一人旅をしなさいと積極的に奨めている訳でもない。旅の仕方にはグループ旅もあれば一人旅もある。
一人旅では頼れるのは誰か、と言えばその人、本人のみ。本人が全てを仕切って行く、本人次第でその旅の中身も決まる。
確かに一人旅をしていると、この世に自分は本当に一人なのだ、といった何とも筆舌の尽くし難い淋しさとでも言うのか、そんな心を禁じえない時に遭遇すること
もある。自己の内面の世界のガケップチに立ったような気分になる。自分とは一体全体、誰なのか? 何者なのか。一人。誰かがそばに一緒にいて欲しいといった気持ちになることもある。一人きりであるが故に淋しさを感じる、そんな自分を忘れたいのだろう。そんな時、YHのミーティングは心を和ませてくれる。と言うよりも、時にはそんな気持ちにある、あった自分を忘れさせてくれる。勿論、つまらないミーティングもある。
ミーティングでは皆で一緒に歌を歌うことが多い。人と話すこともない沈黙の旅が続き、そんな自分がYHへ来て、夜、声を出して歌うことで自分を表現、発散させることが出来る。生き返ったようになる。歌うことが好きで好きで堪らないということでない限り、歌う旅人でない限り、一日の、旅の過程では機会がなければ殆ど歌うことなどはない。唯一の機会がYHでのミーティング。歌いながら回りの人達と一緒に醸し出された雰囲気の中に酔ってしまう
。
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