「第22日」………………………………………
19xx年8月27日(火)うす曇
……………………………………………… 富武士→ 網走
■女の子のヒッチハイク
午前6時、起床。
午前8時、YHを出る。今日もヒッチハイクの旅をする。
道路脇に佇んで車が走って来るのを待っていると、何時の間にか、知らなかったのだが、二人一組の女の子が続けて二組、つまり四人の女の子達が後方にやって来ていた。僕と同じように車をヒッチしながら旅をしているらしい。日本の女の子もヒッチハイクをするのだ。そんな事実を目の当たりにしたのだが、それがなぜか新鮮に映った。珍しい。
女の子達、相当旅には慣れているとでも言うのだろうか、意外や意外、サンダル履きだ。車をちょっと捕まえて、ちょっと移動して、またちょっと待ったりして、、、、、僕みたいに長距離を歩き続けたりすることもなく、またちょっと次の車を捕まえる。ヒッチハイクというものをちょっとそこまで、買い物籠(勿論、リュックを背負って、だが)を持って市場まで買物に出掛けるといった風に捉えている向きが無きにしも非ず。
ヒッチハイクは簡単、簡単、簡単よ。
そんなメッセージを僕に送っているようにも思われないこともない。
尤も女の子のヒッチハイカーの場合は、簡単に、そして安易に車を捕まえられるという説、噂もある。
異性ながら近くに同類がいると何となくヒッチがやりにくいので、女の子達が更に先へと歩いて行ってしまうのを待つ。
■バスにヒッチされた
工事中の道路脇、足元を注意しながら歩いていると、あの図体の大きいバスが所狭しと慎重に通過して行こうとする。沿道に立ち止まってバスの通過を待っていたら、止まってしまった。
ドアが自動的に、僕の目の前で開く。
―こんなところにはバス停はないし、
―これはどうしたことだろう?
―誰か降りてくるのか?
いや、誰も降りてこない
―早く乗れ、ということかな?
バスの後方に目をやると、中に男の人が一人だけ乗っているのが窺われる。
バスの運転手さんと目が合う。
愚図愚図するな、早く乗った乗った、早く乗れったら、こっちは忙しいのだ、運転手さんの目が、バスのエンジン音がそう訴えているようにも思われる。
僕は乗車する、狐につままれたかのように。
良いのだろうか?
乗車してしまった。
バスをヒッチした、いや、僕はバスにヒッチされたのだ。はじめてだ。
発車、オーライ!
車掌が乗っていたわけではない。
暫く行く。と、このバス、先ほどの女の子達四人も拾って行こうとする。
もう一度、
発車、オーライ!
更に先へと行く。と、もう一人、路上の男の人を乗せる。
更にもう一度。
発車,オーライ!
何だろう、このバスは? ヒッチハイカー専用ご用達のバスだろうか。親切なバスの運転手さんだ。
約15分程、キマネキャンプ場への入り口まで来た所で、停車。
バスのシーンは、ここまでらしい。皆んな下車することになっているらしい。
下車した後、さて、これからどうしようか、と考えていると、同乗してきた女の子達四人と男の人二人は皆、何のためらいも戸惑いものなく、さっさとキャンプ場の中へと向かって歩き出す。
僕はと言えば、また何時ものように一人になってヒッチハイクを更に続け、網走(アバシリ)まで早く行ってしまおうかとも思ったのだったが、バスで一緒に乗って来たのだから皆と同じ行動を取らなければならないといったような勢いが漲る、そんな一時的な雰囲気の中、皆に遅れてはならじと、我知らず足がそっちの方へと向かって進み出し、心も遅ればせながら彼ら達の後を追う。
■サロマ湖に寄る
視界が開け、サロマ湖畔に出て来た。
暫し一人湖畔で遊ぶ。ぽつりと別の男一人、一緒にバスに乗ってきた人だ。その人と言葉を交わす。横浜からとのこと。観光セ
ンターに入って一緒に休憩している時、彼は帆立貝一皿を注文。僕はその半分(勿論、皿のことではない)を奢って貰う。
腕時計を見ると、午前10時15分。湖畔の観光センターを一緒に出る。彼、今度はちゃんとお金を払ってバスで更に先へと行く。
「じゃあ、ここで、お互いにお元気で!」
■ヒッチハイクの旅を続ける
僕はまた何時もの一人になって元の国道まで歩いて戻る。
この国道、今日が日曜日であるためなのか、車が殆ど通らない。通るのはときたま、乗用車。それも満員だ。ダンプカーも通るが、止まる素振りも見せてくれない。
午前11時ちょうど、漸く、本当に漸く、車を止めた、と言うよりも止まってくれた。
前方、7、8、9、10メートル先まで走り去って行ってしまったかと思ったら止まった。ドアが開く。女の人が降り立ち、こちらの方に振り向いている。
「どちらまで?」
あっ、腰の辺りからパラッと落ちるものが、うひゃあ〜、
一瞬、スカートがずり落ちた! と思った。
しめた!
いや、しめった!
(いやいや、しまった! の間違え、余りにも慌てていたので)
いや、そう、ずり落ちてしまった!
大変だ!目のやりばに困ってしまうよ!
早く、早く!
と自分では一生懸命慌てて、それでも良〜く見れば、
何〜んだ、膝掛けであった。
ああ、良かった!
本当に。
「網走まで行きたい」と僕。
「網走まで? どうぞ!どうぞ!」
「どうぞ!どうぞ!」であった。止まって呉れたし、乗せて呉れたし、初めてだ。(何が? ―― 女性からの申し出のこと!)
姉と弟の二人といった感じである。車内、カーラジオから流れ溢れて来るステレオ音楽、両耳に、脳髄に気分良く流れ込んでくる。趣味が良い二人だ。
20分後、能取(ノトロ)湖が見え出す。湖の付近は茶色の地肌に緑の草が調和して、眺めは綺麗だ。馬が草を食む風景はそれに趣を添える。
午前11時35分、右側に今度は網走湖が見えてくる。
10分後、網走駅前通りで降ろして貰う。
■網走に到着
網走市内、さすがにカニ族が多い。また、当然ながら、街を歩いている人、店で買物をしている人。そんな人たちを傍観している人(つまり、この筆者のこと)といる。
網走駅で“野宿”をする人が多いという話だった。そんなに簡単に野宿が出来やすい場所なのかと偵察と視察を兼ねてどれどれと見に行ったが、何のこともない。一体何処で野宿が出来るのか、といった印象を与える駅だ。
それはさておき、網が走る、だから網走と言うのか。僕も時には走る。が今日は走っては来なかった。
とにかく、網走にやって来た。勿論、はじめてだ。
さて、何をしよう?
天都山(テントザン)に登ることにした。
ひどい車道だ。車道だから当然ながらバスは通るわ、タクシーは通るわ、乗用車は通るわ、そして埃だけを舞い上げて行ってしまうわ、それに僕という人間も通っているわ、というのに一顧だにしていない走りっ振りだ。汗と埃にまみれて、約1時間後、やっとの思いで展望台に着く。
山の上では北海道に来て、初めてこれが北海道の寒さかと感じる。これが北海道の寒さとでもいうのか。と言うよりも汗を掻き掻き登って来たので風邪を引いたらしい。汗を掻き、寒さに触れ、風邪を一緒に天都山まで運んで来たのだ。
早速、リュックサックから下着の長袖シャツを取り出し着込む。それでも寒い。展望台の上に立っていると風が強い。あれが何々だ、あれが何々だ、とインスタント・ガイドさんがそこら中にいる。
午後4時、山を下る。
午後4時40分、網走刑務所前に来る。重そうな扉を背に記念撮影をしている人が多い。有名な刑務所、観光地として訪れる人が絶えないようだ。御多聞に漏れず、僕さえも来てしまった。
午後5時半、網走駅に戻る。待合室に座っていたが、何をかをするというわけでもない。勿論、汽車を待っているわけではなかった。時の経つのをただ無為に待っているだけだった。
そうだ、腹が減った。どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。何かを食べよう。
駅の外へと出る。食堂では出来るだけ長く留まって時間を稼いだ。午後7時頃まで粘った。
古巣に戻って来てからは時が経つのをじっと待っている人という役をまたも演じ始めた。駅の待合室、ベンチにぽつねんと座っている。何をしようというのか、何を待っているというのか。次にすることがパッと閃くのを今か今かと待っている風でもあった。
しかし、こんなことをしていても仕方ない。それよりも体が疲れてくる。早く何処かで横になって体力を回復させなければならない。
カット!カット!待っているシーンはそこまでだ。別の声が入った。
■踊り場で寝る
午後8時頃、またも駅の外へと出た。夜空の下だ。どこかのお寺にでも行って尋ねてみようか。そう思っていた。どこにあるのだろう?
方向が定まらずも歩き出す。と、ちょうど目の前に鉄筋のビル、入り口のドアが内側に開いていた。
「ねえ、ちょっと、そこのお兄さん、何を探しているの? こっちにおいでなさいよ」
そんな風に手招きしているかのようだ。すうっと引き寄せられるかのように我知らず踏み込んで行った。
ビルの階段をゆっくりと登って行くと、これはちょうど良い、暗くなった踊り場が目の前にある。スペースも十分だ。誰にも見出されることなく、また邪魔されることもなく、だからゆっくりと休むことが出来るだろう。そう勝手に思った。
余計なことを考えずに目的に向かって、直ぐに行動開始。新聞紙を広げ、寝袋を敷いて中に着の身着のまま潜り込んだ。
暗い中、仰向け、後は自然と寝入るのを身動きせずに待っているだけ。
暫くすると電灯が点いた。眩しい。
誰かが来る! どうしよう?
階段を降りて来るようだ。
こちらにやってくる! どうしよう? 逃げようか。
女の人が一人、階段を降りて来た。僕は目を瞑ったまま死んだ振り、いや、まだ死にたくはない、寝た振りだ。
その人は僕が横たわっている傍をちょっと躊躇うような感じで素通りして、そしてそのまま何も見なかったかのように更に階下へと降りて行った。が暫くしてまた登って来た。別の女の人も遅れて登って来た。
やっぱりちゃんとしっかり見てしまったのだ。明る過ぎる。見ざるを得なかったのだろう。管理人さんでも呼んで来たのだろう。直ぐ近くで、どうも僕のことをうわさしているようだ。相変わらず僕は目を瞑ったまま。
「帰る時はちゃんと片付けて行って下さいよ!」 管理人のおばんさんだろう。
何処の馬の骨だか分からないのに、こんなところに寝転がっちゃって、全く困っちゃうわねえ、と、もっと露骨に実は言いたかったのかもしれない。声からは迷惑そうな響きが伝わって来た。
僕はもう動きたくはなかった。
その女の人の声も存在も無視して、飽くまでも狸寝入りと決め込む。もうとっくに寝入ってしまって、この狸の耳には何も聞こえないのだ。それでもご婦人連が次にはどう出て来るかと、じっと息を凝らし聞き耳を立てて待っていた。長い沈黙の、耐え難いような時が流れた。
この狸、別に危険物でもなさそうだと悟ったのか、安心がついたのか、女の人達は落ち着くべき所へと、僕の目には見えないその姿を消して行った。暫くして電灯も安心したらしく消えた。
元の暗い踊り場になった。静寂が戻った。
戻って来た静寂の余韻を全身耳で暫く感じ取りながらも、やはり疲れていたのだ、知らぬ間に僕も沈黙の世界、眠りの世界へと沈んで行った。
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