まだ知床山中をうろつく 日本一周ひとり旅↑ 「厚床→阿寒湖畔」

「第29日」

     19xx年9月3(日)晴れ 

         羅臼→ 厚床 

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知床山中から解放された、その翌日。

昨晩は森下旅館YHに泊ったことになる。

起床は、午前6時。

宿泊が同室だった3人のうち、2人は羅臼岳に登ると言って、朝早く出掛けた。もう一人は網走に向けて出発した。

そしてぼくは一人、部屋に取り残された形となった。今では広過ぎる部屋の中、何となく独りきりの寂しい自分を感じている。一緒に出掛けたかったのに、という気持ちもある。が、別に急ぐ必要もなかったので、何も慌(あわ)ただしく出発して行かなくともいいのだ。

ゆっくり、落着いて出掛けよう。時間に縛られることもなく・・・・、いや、縛れたくはない  ぼくなりの、旅を続けて行きたい。

ゴーイング・マイウェイと言うではないか。

午前7時、朝食。勿論ぼく一人だけのそれであった。準備された朝食のお盆を両手で抱えるようにして部屋まで持ち運んで来て、座敷の上に置く。胡座(あぐら)を掻く。お盆に向かって、一礼、したかどうかは忘れてしまった

が、そのお盆と差しで、自分一人を相手に食べる。どんぶり2杯のご飯。食欲が出て来た。

午前9時、YHを出発。

左側に海岸を見ながら海岸線の道路に沿って歩いて行く。余りにも天気が良い。明るい。今までの、山の中の天候が嘘のようだ。

 ゆっくりと歩いている。

 そんなぼくなりの、ゆっくりとした歩き方で行きたい、生きたい。

 助かったのだ、

 山から無事に出て来れたのだ、 

 ――翌日を迎えた今日も、午前中、そんな感慨を、・・・ゆっくりと歩きながらも、心の中に抱き噛み締めている。助かったことを確認している。一歩一歩確実に、地に着いた足で歩いている自分を吟味していた。

余りにもいい天気なので、道端、草の上に寝転がりたくなった。この太陽の光を、久し振りに、気兼ねなく、この全身でじっくりと受け止めたくなってしまった。

 暖かさの中に包まれていることの、この幸せ! 

 自由の身であることの、この心地良さ!

 久しぶりに、この北海道は羅臼の空気を安んじて味わいたい。

 仰向けに寝転がって、顔を太陽の方に向けて目を細めている。

暖かい。

う〜ん、いい気持ちだ。

いいなあ。

 

「最高ですか?」と太陽さん。

「うん、勿論、最高!」とぼく。

「改めてご苦労様でした」

そんな声も聞こえてきたと思えた。

 

過去3日間に味わったような心配がもうない。自由の有難さを呼吸していた。ああ、生きていて良かった!

太陽からの温かさを思う存分に吸収、満喫している。 この日光浴はいつまでも、いつまでも、気が済むまで続くのだ。 いつまでも続くのだ・・・・・・・、と安心し切っていた。

トラックが行く手、前方に止まった。

あの止まり方――・・・・、繋がった、と思えた。今では経験豊かとなったヒッチハイカーの直感で何か見えない繋がりを感じ取った。

 ぼくの為に止まってくれたようだが・・・どうも、、。そう思えた。

 そうかもしれない。

 そうでないかもしれない。

ぼくは別に合図をしたわけではない。草の上に寝転んだままだった。

 車は止まったまま。

 やっぱり、ぼくの為に止まったのかな?

 でも、まだ起き上がりたくはない――、そう思っている。

 寝転がったばかりだし・・・・・、まだそんなに時間が経っていない。

寝転がったと思ったらもう起き上がらなければならない? 嫌だよ。

 そんな自分になってしまうことに抵抗した。

もう少し長く、いや、飽きて来るまで心行くまで日光浴をしていたい。

 相変わらず車は停止したまま。

 停車ではなく駐車の積もりかな?

 どうしたのだろう?

 動こうとしない。

 ぼくだって同じだ。寝転んだまま、動こうとはしない。

 動きたくはない。

でも、・・・どうも気になる。どうして気にしなければならないのか、自分でもおかしく思ってしまうのだが、・・・それでも・・・・気になり始めている、意識的に。

トラックの運転手さんはぼくが起き上がって来るのを待っているのだろうか。

多分、そうだろう。そう、そうかもしれない。いやいや、そうでないかもしれない。

トラックのことは度外視して太陽の方に意識を集中させようとしていた。

無視した筈なのに、・・・・・もし、そうだとしたら・・・・・・、何時までも待たしていたら悪いなあ・・・・。

別にそんな思いを抱く必然性も蓋然性もないのに、何故だがそんな風に思わされるようだし、そう思い始めてしまった。やっぱり無視出来ないでいる、このヒッチハイカーは。

思い始めてしまっては、もう留められない。終にこの思いの虜になってしまった。ああ、もう安穏に寝転がっていられない。

両手、両腕を頭の後に組んで枕にしていたが、ちょっとだけ頭を挙げて見ると、例の大型車は相変わらずだ。執拗に停車したまま。これではお互いに根競べをしているみたいではないか。

『起き上がらぬなら、起き上がって来るまで待ってみよう、旅の人』    ――と運転手さん。

『動かぬなら、動くまで待ってみよう、トラックの人』               ――とぼく。

近くに止まったまま、全然動こうともしない、そのトラックの存在、誠に気になってくる。一体全体どうしたというのだろう? エンジン故障でも起こしたのか?

『動かなければ、動かしてみよう・・・』                                   ――と、また運転手さん、歌い始めた。                                    御自分のトラックのことを歌っているのではないらしい。

『仕方がないな、起き上がろうか・・・』                                         ――と、ぼくもまた変な返歌だ。

多分、起き上がって来るのを待っているのだろう。そう考えて、とうとうむっくりと起き上がってしまった、この旅の人!

状況偵察といった風に、トラックの方へとゆっくりと近寄って行く。運転台の方を見上げる。お互いに顔が合った。

「乗れればそれだけいいだろう」と運転手さん。

  案の定だ。

「ええ、乗れれば、・・そうですね・・・・・・ どうも」

 運転手さんの勝ち! 

 乗せて貰うことにした。

過去3、4日間の出来事を話したら、運転手さんも知床の事情を知っていたらしい。

「ああ、前から、あの登山道はどうにかしなければならないと思っていた」

 乗ってみれば10分間程の、呆気ないほど短いドライブであった。

 2台目もトラック。    

 青年二人。牛乳を運搬する人達らしい。

 

 

 3台目はダンプカー。                                                                                                         

乗った途端、運転手さんからピンポン玉ぐらいの飴玉一個貰う。ちょっと大き過ぎるのではなかろうかと思いながらも、口の中に放り込む。と、ウエッと息が止まりそうになる。やはり余りにも大きすぎた。口からすぐにまた出そうとしたが、堪えた。頬張った。

ゆっくりと手の平を口に持って行く。ゆっくりと、ほらっ、この通り、といった風に手の平に飴を吐き出す。

手品師が口の中から次から次とピンポン玉を出して来る、そんな光景が浮んできた。

ぼくも飴玉を口から出して、はい、この通り、と運転手さんの目の前に見せてあげる。

また口の中に入れて、おや、また出てきそうだ、と口から飴玉を取りだす。

それをまた運転手さんに見せる。

それをまた隠したと思ったら、またぼくの口からは大きなピンポン玉が、いや、違った、大きな飴玉が出てくる、次から次と出て来るばかりで止められない。

 もう一度。

    もう一つ。

      更にもう一つ。

         一つが二つ、

                         二つが三つ、

                         三つが四つ、

                         五つが六つ、

 

そんな手品師の技を思い出しながら、助手席に座り続けていた。この車で標津(シベツ)入り口までやって来れた。

4台目は大型バン。                                                                            

尾岱沼(オダイトウ)に仕事に行く途中の労務者達のようだ。三人のうち一人はおっさん風、まあ、良く冗談が上手いというのか、話が少々大袈裟だ。赤ら顔なのはお酒を良く飲むからか、親方風情だ。上機嫌。よく話すこと話すこと。途中で酒が入ってからは更に舌に拍車が掛かる。我々が一緒に乗っている車のタイヤだけでなく、よく回ること回ること。

気前の良い人だ。便乗している間、ぼくは牛乳2瓶、ファンタグレープ缶をひとつ、梨一個を貰う。野付半島(ノッケハントウ)の入り口まで乗せてきて貰った。

 

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■ 野付半島にて    ____________________________________________________________

 

さて、野付半島。どうしよう?

このまま野付半島の先まで行って見ようか、どうしようか、行こうか、行くまいかと二者択一を迫られている自分は、あのハムレット宜しく、決心が定まらないまま体の方だけがお構いなしにそのまま少しずつ先へと進んで行く。

夫婦と子供一人が乗った自家用車が脇に止まってくれた。断ることもせず、すんなりと乗せて貰った。

午後零時45分、トドハラに到着。お礼を言って、下車。

前方に観光船がちょうど停泊しているのが大写しの如く目に入った。もしかしてぼくを待っていてくれているのではなかろうか、、、、、、何故か、そんな風に思ってしまった。状況が午前中のトラックの件とだぶった。

 

『トドハラのだだっ広さの中にただ一人、この身を如何せん?』

字余りの、へぼ俳句を作っていると、いや、実際の所、またも思案に暮れていると、先ほどの自家用車の奥さん、ぼくが突っ立っている所までわざわざ駆け寄って来る。どうしたのだろう? 忘れ物でもしたかな?

「少ないですが・・・・・」

恐縮しながらおにぎり二個その他を手渡してくれる。何という親切! 実際、昼飯は食べていなかったので拒むこともないだろうと、その時、ぼくは幼子のように素直になって頂戴した。

その観光船の所まで行って頼んでみた所、乗せてくれる、と快諾。しかし、往復料金を払わなければならない。ぼくの意図を敏感に察し取ったのか、そう付言する。観光船にヒッチハイクのつもりで乗せていって貰おう、とでも ぼくの心の内が読めたのだろうか。

「片道料金だけでは駄目なのですか?」とぼく。

「連絡船ではなく、観光船だから往復料金が必要だ」

行って戻って来るのではなく、そのまま先へと進んで行きたいぼくであった。

乗船は諦めた。連絡船と観光船との相違をいみじくも知った後、先ほどから腹の方で気になっていたおにぎりと牛乳を平らげた。トドハラ休憩所の男の人と少し話してから、午後2時にそこを出る。

 

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 ■ 戻る   ____________________________________________________________

やって来た道を戻って行くことにした。海からの風が強く吹き始めて来たようだ。何も遮るものもない。若干、肌寒いと感じる。

ここトドハラにやって来た車が全部帰ってしまうのではないかと恐れ、気を利かして早目に出発した筈だったのだが、途中、一部の道を除いて、野付半島の、元の出入り口までずっと歩いて戻って来る羽目になってしまった。

車に乗ったのは15、6分ほどだけで、後は全部歩きだった。元の出入り口まで一時間と40分間歩いたが、車に乗る前の歩き時間を加えると、2時間強歩いたことになる。

出入り口に着いたときには、もう日もどっぷりと暮れていた。暗く、車もライトが必要になる。ここトドハラではもう午後5時を回ろうとしていた。 今の時間、車は大丈夫だろうか? ヒッチ出来るだろうか? 

こんなに暗いと車も止まらないのではないだろうかと危惧しながらも来る車、来る車毎に例外なく手を上げた。

止まってくれえっ、乗せてくれえっ、というサインが通じない。止まらず乗せられず素通りしてしまう。

しかし、止まってくれた自動車が一台だけ現れた! 救世主が現る!ヘッドライトを点けた車。そのヘッドライトが嬉しく光り放っている。嬉しい。本当に嬉しい。ほっとする。周囲には民家らしきものもなく、直ぐ近くには黙った

ままの暗い海が横たわっていると感じられる、そんなだだっ広い荒野に一人置いてきぼりにされるような感じで、心細く、どうしようかと途方に暮れる一歩、いや、二歩、三歩手前であった。このまま行けるところまでとにかく歩き続けようという矢先であった。

「疲れているだろう。寝ていいよ!」と運転手さん。

寝ることを奨めてくれる。おっしゃることに甘えさせて貰った。後席で気兼ねなく大船(車ではあったが、)に乗ったような気持ちでうとうとと 眠ってしまった。

旅をしながら、車中、安心して目を閉じたのは今回が初めてであった。この旅人の心の動きを心安く受け止めてくれた運転手さんに感謝したい。

 

あっそこ、まで。どうも、どうも。

厚床(アットコ)までずっと乗せて来て貰った。 

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 ■ 厚床の寝床    ____________________________________________________________

 午後6時半、根室本線の厚床駅へと行って見たが、小さい、小さい。

 「今晩は!」

 もう一度、強く。「今晩は!!」

 誰もいない、らしい。

 「すいませ〜ん!」と大声で叫ぶ。

無人駅、らしい。

叫びながらも泊るに適当な場所はどこか・・・と、中を見回してみたがどうも見当たらない。

駅の外、その辺をうろうろしているうちに、道路脇に野晒しにされたまま錆び付き、ぽんと打ち捨てられたトラックが目に入った,,

 無人ポンコツ車。

どんなものかとドアを引いてみる。開いた。運転台の、埃に塗れた、汚れっぱなしのソファーの上に寝袋を敷いて寝ることに決めた。

高くなった運転台から眼下の道路を挟んで見える、前方のガソリンスタンドからの煌々と輝く照明と行き交う車のヘッドライトが直にこの両目を追撃して来るようで、防ぎ様もなく眩しく仕方なかったが、全身それなりに疲れていたためか、知らぬ間に寝入ってしまったようだ。

トラックで始まり、トラックで終わった一日。トラックは動かなかったり、動いたり、そして本当に動かなくなってしまった。

ぼくも動かなくなってしまった。                     

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