「羅臼→厚床」  日本一周ひとり旅↑ 阿寒湖畔→弟子屈→摩周湖→屈斜路湖→美幌峠→美幌  

「第30日」

     19xx年9月4日(月)晴れ 

         厚床→ 阿寒湖畔

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北海道の厚床(アットコ)“スカイホテル”という立派な名のホテルに泊まったことになる。

旅先での宿泊、駅の待合室での宿泊は“ステーションホテル”に泊まったと言い、旅空の下での宿泊・野宿は“スカイホテル”に泊まったと諧謔的に呼んでいる。昨晩はまたも"正真正銘のスカイホテル"であった。

ンコツ車、汚れ放題のままだった運転台の上、寝袋の中、エビのように縮こまって一夜を明かした仮の宿であった。

昨晩、寝入る前に自分の心に伝えて置いた―― 明朝の、つまり今朝の起床は午前6時半にする、と。結果はその通りであった。

そもそも戸外では“自然児”とならざるを得ない。日が暮れれば一日の活動を終え、翌朝を迎えるまで、どこかで体を横たえている。 明日への英気を養う。日が明けてくれば起き上がる。十分に休めたかどうか、つまり戸外であっても静かに休養が取れたかどうか、 それは周囲の状況に左右されやすい。



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 ■ トラックの中で社会科勉強   
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起床しても、洗顔はナシ、朝食も ナシ、寝袋を畳み出発準備が整い次第、リュックを背負い、厚岸(アッケシ)に向けて道路沿いを歩き出した。

後方から車がやって来る気配を感じ取ると振り返る。ヒッチのサインを出して、車がやってくるのを待ち構える。車は泊まるか、いや車には泊まって来たばかりだ。車は止まるか。行ってしまった。今朝は車も ナシ、なのか。

歩きながらも、何度も振り返り、この車こそ! 

今度こそ! 

次はどうだ!? 

ええい、止まれ! 

止まれったら! 

と行きたい方向を指し示す、立てた親指に気合いを込めながら、精力的にヒッチを試みていた。

何台目の車だっただろうか、いちいち数えてはいなかったが、ようやく乗れた。もし統計を取りながら歩き続けていたならば歩く苦労も忘れて気晴らしにもなっていたかも知れない。統計を取るといったアイデアも今回は車に乗った後で浮んできた。次回、試してみよう、と自分に遅ればせながら言い聞かせていた。

そう、トラックが一台止まった。出発してから40分程歩き続けた結果だった。2台、3台とぼくを奪い合うかのように乗せようと先を争って車が次々と止まる、といったようなことなどは想像上の出来事で現実ではまだ無い。そんな大騒ぎがあっても良い、悪くはないとは思えるのだが、まだ起こったこともないし、この旅人の希望的観測でしかない。

いやいや、一台でも一度に止まって頂ければ充分、充分。トラックの踏み台に足を掛け、高い運転台に向かってダイビングするように両腕を伸ばして胸、腹を滑り込ませるかのように助手席を確保しようとしている自分を意識した、その刹那、腕時計をちらっと見る。午前7時40分だった。時計は止まっていない。


このトラック運転手さん、流通問題について相当詳しい人らしい。特に牛乳に関して、それに関連付けて色々と話してくれた。この運転手さんは乳牛運搬屋さんなのかな? 道路沿いは牧草地で乳牛があちらこちらにと散見される。こちらは運転者さんが話しやすいようにと専ら良き聞き役を心掛けていた。

「根室から釧路方面へは魚の運搬等で車の交通量が多いが、逆方向は少ない。と言うことは、それほど交流がないということだよ」

「はあ、そうですか」

流通機構における仲買人の役割、その存在の長所短所を述べて教えてくれる。

そう言われて見れば今、前へとずんずん走っている道路の色は黒ずんでいるが、対向車線はそうでもない。比較的軽い色のままだ。


「今、現に走っている、この道路、国道44号線が出来たお陰で、付近の人々もその便利さに浴することが出来た次第だ」

「さて、ところで、――」と、運転手さんの話は続く――、

「現在、大雪山縦貫道路が問題になっていることは知っているだろう?」

「ええ、はい、知っています」

「地元民の民生安定が先か、それとも自然保護か、当事者達にとっては切実な問題だよ」

 

自分の問題のように心配そう。運転手さんは環境問題の専門家なのかな? 道路工事関係の人? 縦貫道路に反対しているのか、賛成しているのか。

午前9時まで、80分間、一時限目、車の中では生きた社会科の勉強をしながら釧路(クシロ)駅裏通りまで走って来た。運転手さんは社会科の先生でもあった。

トラックから降りてからは、すっかり忘れていたことがまた思い出された。ぼくの背中は昔からの友達であるリュックを思い出さざるを得なかった。あんたは相変わらず重いねえ、何とかならんかねえ、と。



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 ■ 釧路は“試食”市場にて   
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そのまま釧路駅まで歩いて行く。この裏通りは実に寂しい。そう感じた。人が全然いない、みたいだ。無人街? 北海道に来て、この街に来て、初めて寂(さび)しい、侘(わび)しい気持ちにさせられてしまった。環境に左右される旅人の心の内。人の動きが全然見られないではないか。既に午前9時を回っているというのに、閑散としている。駅に近づくに従って、ちょっとだけ弱々しい活気が感じられ安心したが、それでも第一印象は拭い切れなかった。

駅では名目だけの朝食兼昼食(お菓子)を取り、さて、これからどのコースを通って何処へ行こうか、と地図、ガイドブック、手帳等、手元にある情報源を総動員して旅程を練っていた。


 
駅の待合室の中はちょうどその時、カーキー色の制服を着用した自衛隊員達で一杯であった。何をしようかと自分では案を練りながらも、何をしているのだろうかと周りの他人さまのことにも少々関心を持っていた自分だったのだが、長らく待っていたらしい列車の時間がどうも来たらしい。それとも軍用トラックでも駅にやって来たのか、蜘蛛がぱっと蹴散らされたかのように行ってしまった。読み物からちょっと目を上げてみたら、待合室一杯に詰まっていたカーキー色の全部という全部、神隠しの如くいっぺんに消えてし
まっていた後だった。面白い、と思った。釧路全体の静寂、その第一印象がまた戻って来たみたいだった。

  今日は阿寒湖までとしよう。漸く決まった。駅前の郵便局へと先ずは行って、当面の旅費(すなわち、YH宿泊費と食費)三千円だけを下ろした。大金を持ち歩かずに、こうして必要なときには郵便局に行って、貯金を少しずつ下ろすことで道々必要な経費を入手出来る。これは考えてみれば誠に便利なことだ。日本各地の郵便局はこの旅人によってもその存在意義が付与されていると断言出来るだろう。

郵便局から出て来て歩いていると、市場(いちば)があった。何か良いことでもあるかも知れないと、惹かれるようにふらりと寄って見たのだったが、中に入ってみると、何かちょっと良いことでも、といったような曖昧なものではなく、確実に良いものがあるということが分かった。

只で美味しいものが食べられそうだ。内心、ほくそ笑んだ。試食が出来そうだ。この貧乏旅行者にとっては決して無視出来ない場所だ。北海道の珍しいものをここでは口にすることが出来るかもしれない。期待に胸が弾んだ。この機会をむざむざ手放すことはない。そのまま次の土地へ行ってしまえば後悔するだけ、北海道を食べるのだ。

ずうずうしくも買い物客を装って、といっても大きなリュックサックを背負ったままでは、買い物客には全然見えなかったかもしれないが、意識としては買い物客の積もりに成りきって、試食のための準備をした。簡単な準備であった。胃に向かって、「試食するぞ、喜べ」と無言で伝えただけだったが。

市場の中の売り場から売り場へと移動しながら、どれを買おうか、買うにしても先ずは試食してみなければ分からない、いや、どれが美味しいのか・・・・と、この買い物客は、いや、この試食客は試食品が置いてある売り場だけを重点的に探し訪ね歩きながら、目敏く見つけては手を伸ばして口へとせっせと運んでいた。うん、美味い、美味い、確かに美味い!

試食品という小断片に突き刺さった楊枝を右手の親指と人差し指で挟んで摘み上げ、つまり食指を動かし、口に届く前にその断片が「あんたには用事なし」と楊枝から外れて、あっ、と言う間もなく落下しそうになっても、この旅人が慌てふためくことがなく、大丈夫、大丈夫、と安心していられるように、買い物客はその左手の平でこれはもう俺様の物といった風に包み隠すようにして、口の中に上手い具合に放り入れる。楊枝の方は用事なし、と元の場所にお返しする。

美味い。美味いと何食わぬ顔をしながらも食っていた。「もう、一つ如何ですか。」「はい、頂きます。喜んで」更にもう一つ、と止められなくなってしまいそうになるのを、二つで止めておく。いや、もう一つだ。三口で止めておくことにした。

実は、出来ることならば、次から次と口の中に放り込んでしまいたかった。そんな衝動に襲われ、前後そして左右の見境もなく行動に移っている自分をそこに見出しそうになったが、ぐっと自制した。今更、自尊心云々と言っても当たらないのだが、それでも我が自尊心が許さないのだ。つまり、俺様も日本人の一人に違わないのか、世間の目、つまり他の買い物客の目も意識せざるを得ない余裕があったとでも言えようか。尤も、買い物客はそんなに多くはいなかった。

同じ場所に長く留まっていると変に勘違いされると思って、相変わらず美味しい物を探している、いや、良い買い物をしているといった風に落着いた足取りで、次の試食コーナーへと遠慮なく歩を進めて行った。

試食といっても、「どうぞ試食してみて下さい」と現場に張り付いている販売促進員から個人的にしつこく迫られるわけではなかった。販売員はどこかに控えていたのだろうか。昼の休憩時間を取っていたのかも知れない。街中同様、この市場の中も閑散としていた。押し売りされることもなく、都合が良かった。いわば勝手に、いや、ご自由に買って行って下さい、食って行って下さい、といった雰囲気が市場全体にあった。

要するに「ご自由にお取り下さい、つまり、ご試食ください」とサンプル自体がぼくの欲しそうな顔を見て無言で伝えようとしていたし、ぼくはその申し出を目敏く見つけ、耳敏く聞きつけ、無言でサンプルに手を伸ばし、無言でしっかりと舌鼓を打っていた。

市場の中を一度だけでなく、二度も回ってしまった。「チャンスは一度だけ、逃すな」とは良く言われる。でもチャンスはもう一度だけ、と書き換えて、この道はいつか来た道と気が付きながらも、知らんぷり、試食を、いや実は昼食をもう一度取り続けていた。

「試食会もそろそろここでお開きにしませんか」

腹の方から催促らしいものが届いた。珍しいものを口に出来た。そんな喜びも得ることが出来た。北海道に来て良かった。満足気に市場を後にした。 北海道の美味いもの取り寄せ



大楽毛(オタノシケ)の方へと向かって歩き出す。正午過ぎだった。

食うことに意識が集中してしまい、暫し旅人であることを忘れてしまっていた。

旅人とは旅をする人のことだけではない。旅人とは実は食べる人のことでもあり、寝る人のことでもあり(今晩はどこで寝よう?)、食べなければ生きていられない、旅も続けていられない。

旅の空の下、三度の食事を家で取ることは出来なくなったとしても、子供の頃から今日大人になるまでに培われてきたこの食習慣は断ち切れない。一日三回として今日までに通算何度食事を取ったことになるだろうか、これからも当然ながら取るであろうし、旅空の下にいても一日三度の食事をしないと何だか一日の流れの中にそこだけが、そう、そこの腹の中にぽかんと穴が空いてしまっているかのように感じられる。物足りない、つまり食い足りないと敏感に反応してしまう。自動車通過数を数えるだけでなく、食事回数の統計を取って見るのも面白いかも知れない。

とにかく、道路に出て来ることで本来の自分の姿を思い出した。道路沿いに立つことの意味はハッキリしている。食べた後では自分は旅する人なのだ。北海道直送・しーおー・じぇいぴー



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 ■ 釣り名人に釣られた   
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今考えると随分と遠回りをしたものだ。全然道路の状況を知らないから、仕方ないのだろうが、大通りに入ろうとする車に頼み込んで、大楽毛まで乗せて行って貰った。分岐点まで、午後1時半に到着。
 

それから程なく、トラックを捕まえ、一時間10分程のドライブ、阿寒湖畔までお世話になった。美幌(ビホロ)まで行くのだそうだ。

この運転手さんとも結構話が弾んだ。釣りが好きだそうで、つまり趣味ということなのだろう、北海道各地へと釣りに行ったそうだ。ところで運転手さんは魚釣りだけでなく、人釣りもやるようになったということだろうか。本日、運良くも ぼくは運転手さんによって釣られたのであった。やはり釣り名人は目の付け所が違う。

北海道に住む人は北海道に住む人だけあって北海道を良く知っているようだ。あれが雌阿寒岳、これが雄阿寒岳だ、と見えてきたところで教えてくれる。 ぼくは地図の上では山の名前が読めても、実際に現場に来て見ても、どれがどれなのかも見ただけでは分からない。山の名前に「雄」だ、「雌」だと付いているのも面白い。だれがそんな名前をつけたのか、なぜか、とそこまで気を回して聞くのをつい忘れてしまった。腹が一杯で頭が回らなかったのかも知れない。



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 ■ 旨く馬が合った  
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午後2時50分、阿寒湖畔で降ろされ、湖畔のYHには午後3時ちょうどの受付開始時刻に着く。これをグットタイミングという。

重たい背荷物を置き、身軽になってボッケにちょっと行き、帰り間際、何か良いものでもあるかな、と期待しながら、何かに惹かれるかのように民芸品店の中へふらっと入って行った。そうなるとも知らず、そこのお店で働いている女の子と2時間弱も! 結局話し込んでしまった。
 

何かに惹かれるかのように中へと入って行ったというのも、彼女に繋がっていた目に見えない糸に引っ掛かり引っ張られてしまったということになるのか。既に一ヶ月間、このお店でアルバイトとして働いているそうだ。

お互いに顔が会ったことが切っ掛けではあったのだが、話がこんなにも合うと言うのか、――馬が合うとも言うらしいが、いわゆる初対面の違和感を何ら抱くこともなくすんなり話が通じ いつまでも喋っていられる。不思議だと言えば不思議、そうではないと言えばそうではない。

そんな印象を持ちながら話の途中で「ねえ、関東の人でしょう?」と訊いてみたら、図星だった。彼女、川崎からの人だそうで、北海道にふらっとやって来て、このお店で30日も働くようになってしまった、と。 ぼくもふらっとこのお店の中に入って来たかと思ったら、120分間ほども、長時間話し込んでしまった。買う暇もなかったので何も買わなかった。

「でも冬になったら、冬の北海道を旅するのです」と教えてくれる。

雪に閉ざされた冬の北海道、それが好きなのだそうだ。

北海道の冬はいつ始まるのだろう? 雪はいつ降り出すのだろう? 雪に閉ざされた北海道か、ロマンを感じさせてくれる。そんな日が来るまでここでアルバイトか。こういう人をロマンチストと言うのかな、 ぼくは心の中で思っていた。どこまでも目の届く限り白一色、深深と降り積もる雪の海原に若い女性が一人寂しそうに佇んでいる。心の内まで白く清く染まるかのようだ。新たな自分の出発を求めてやってきた。やってきて本当に良かった。

「で、将来はどうするんですか? 何か計画でもあるんですか?」

質問する自分に向かって質問しているかのようにも思われた。
 将来はどうするのか? 

「別にないわ。旅が終われば家に帰るの」

「そう」

旅が終わればぼくも家に帰ることになるだろう、と思っている。

「それからどうするの?」 

言ってしまった途端、取り消しの利かない、少々立ち入った個人的な質問でもしてしまったかな、と危惧した。

「それからどうするかは、まだ決めてないわ。」

将来のことなど分からない。その通りだ。でも・・・、希望というのか、期待というのか、予感というのか、何というのか・・・・・、まあ、いい。何となく拠り所のないような、取り付く島の無いような返事に次の質問が思い付かなかった。話もこれで出尽くしたようだ、潮時だと思った。

「じゃあ、頑張って!」とぼく。

「ええ」

何となく哀しそうに微笑んだ。彼女のような人をメランコリストとも言うのかな、と思った。

うっかりしていた。YHに戻って来てしまってからはじめて思い付くのであった。名前も聞かずに別れて来てしまった。どうして俺っていう男は下種(げす)の後知恵しか湧かないのか。



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■ YHでの朝食兼夕食   
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夕食には何が出て来るのか、出て来てのお楽しみ、と大いに期待していた。混ぜご飯だった。

「何だ、お前、そんな贅沢なことを言うな!」

そんな風に怒られてしまうかも知れないが、率直に言って、不味かった。どうしてだろう。

昼下がりの試食で口が肥えてしまった所為かもしれない。不味いからといって武士の真似は出来ない。高楊枝もなかったし、我慢して、それでも四杯食べてしまった。

腹の中に入ってしまえば、朝食も夕食も区別がつかないと頭では分かっていたが、最初の二杯は、今朝、朝食を食べていなかったので、朝食分と決め、後の二杯は夕食分ということにした。
 

要するに、混ぜご飯ということで朝食と夕食とを混ぜて食べたのだった。一日三食という従来のルールに忠実に従ったまんまだった。

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