「第36日」
19xx年9月10日(日)曇り
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 帯広“カニ族のテント”
帯広駅待合室の中、一泊する積もりでベンチの上に仰向けに伸びていた。実は本当かどうかを確かめるために待っていた。
「20分後には待合室を閉めます」
やっぱりお達しがこの耳に届いた。真夜中の正午過ぎ、追い出しを食ってしまった。
■テントはあった!
夜も更けた駅の外で立ち尽くす。これから何処へ行こうかと頭の中を探っていったら、自転車旅行二人組に呼び止められ、テントがあると知らされる。一緒にそのテントへ行くことにした。
テントはあった! だだっ広い中、一人だけが既に寝ていた。我々三人が中に収まった後、更に二人が入って来たので、合計6人、旅行者用大テントに臨時に泊まった。
■一日中、テントの中
翌朝、すなわち今朝、午前7時半、起床。昨晩我々の後に入って来た二人の姿はもうなかった。在庫の勘定の仕方を真似て言えば、“後入先出”であった。
残った我々四人、午前9時頃には全員顔が揃った。外はどんよりとした曇り空。起き出して来た頃には小雨が降り出した。別に口に出してお互いに合意したわけではなかったが、今日一日、暗黙裡に申し合わせたかのように、今晩もこのテントにいわば人間“在庫”として明日まで留めておくことに決めた。
僕一人だけがヒッチハイクの旅をしている。他の三人は自転車旅行。ここにいれば出費せずに済む。お金も掛からない。屋根もあり、寒さもある程度防げる。気ままな旅だ。今日一日はゆっくりと落着いて過ごそう。毎日毎日何故か先を急ぐような旅の仕方であった。ここで一つ、反省を加える意味でも小休止だ。
■旅とアルバイト
旅の途上で出会った人たちから、旅をしながらアルバイトを色々やったとか、そんなことをよく聞かされた。ここにいる三人にも話を聞いてみると、北海道では色んなアルバイトをした、と言う。
「どんなアルバイトなの?」
―― 牧場での作業を手伝った。
―― 農家で働いた
―― 漁師になった。
―― 土方をやった。
―― 測量の助手になった。
―― YHのヘルパーをやった。
そんな話を聞いていると、僕も旅の途中でアルバイトでもしてみようか、とそんな気にさせられた。アルバイトをしながら、つまり旅費稼ぎをしながら旅を続けているということらしい。
旅に出る前に溜めてきた旅費が旅先で底をつき始め、もっと長く旅を続けて行くにはどうしても旅費を調達しなければならない。また振り出しに戻って、そこで旅費を充分に稼いだら、また改めて旅に出るということも考えられるが、そうすると時間が無駄になる、だからそのまま旅を続けながら、中断することも無く、旅先で仕事、アルバイトを見つけて、旅費を調達する方が合理的と考えられる。
旅先で旅費を調達するということも旅の一環として考える訳だ。一種の、変則的出稼ぎとでも言えようか。旅をしながらも別の土地での人生経験も同時に積むことが出来る。一石二鳥だ。
■テントの中でくつろぐ
今日は殆ど一日中、テントの中に居座り気儘に閉じこもっていた。
両腕を頭の後ろに組んで枕のようにして仰向けに伸びたまま、時間がただ経過して行く流れの中この身任せる。目を閉じる。囲いの中で守られ、まるで身を密かに隠しているかのような一種の安心さが感じられる。
外からはテントの中が見えない。我々が中にいることは誰一人として知りようがないだろう。テントの中からは外で何が起こっているかは見えないが、テントのシート一枚で仕切られたこちら側では直ぐ近くで通行人の話し声や自動車が通過して行く音とか、テントの周り、都市の雑音が色々とこの耳に入ってくる。
テントのシート一枚を境に外の世界と内の世界が区切られていることに気付く。中にいれば安心だ、と思っている。狂った車がテントを目掛けて突入してきたらどうなるか、もちろん一巻の終わりだろう。でもそんなことは起こらないと安心している。安心し切っている。母の胎内にいる安心感とでもいうのだろうか。思出だしていたのかも知れない。
外からも内からもお互いに眺め合うことは出来ない。音で以って外の世界を想像する。テントの外へと顔を出さない限り、外にお天道様が出ているのかどうかなのかも知りようがない、と書きながら、今日は雨模様の曇天だということは朝確認したが、太陽が明るくテント内を照らしていないことからも実は間接的に知ることが出来る。
テントの中の閉じられた世界に仰向けになっているいうちに、外のことは気にならなくなった。自分は今、どこにいるのか。寝転がっていると忘れてしまう。意識は目には見えない世界の中を掴み所もなくゆっくりと動いているということだけが分かる。
何を考えているのか。この旅のことか。何を求めているのか。この旅で何かを得ようとしているのか。何かを思い出そうとしているのか。何をこれからしようと思っているのか。何かが起こることを期待しているかのようでもあった。
身を起こして、胡座(あぐら)を掻いて、週刊誌のページを繰ったり、新聞に目を通したり、ラジオを聞いたりしていた。
地元の子供達が好奇心旺盛にもテントの中を覗き込み、我々が中で隠れているのを発見する。僕は気分転換の積もりでテントの外へと出て暫くは遊び相手となった。そう、テントの外へと出て行ったのは、その子供達の相手をした時とトイレに行く時、夕方カレーライスを食べに出掛けて行った時だけ。通算三回。
このテントには2泊した。僕をこのテントに紹介してくれた、自転車旅行の2人組はパチンコに興じるため街へと出掛けたらしい。
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