「札幌→洞爺湖畔」台風20号が近づいている!  日本一周ひとり旅↑   「伊達→登別温泉」人がやって来るとちょっとまずい。

 

「第43日」 
    
      19xx年9月17日(日)雨

 
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
洞爺湖畔→ 伊達
            
   

■朝の、ドイツ語での挨拶

"Haben Sie gut geschlafen?” 

午前6時半、起床。ぼくが知っているドイツ語を使って、あのチョビ髭のドイツ人に向って朝の挨拶。 

 彼は「Ja、Ja 」と返事をするが、「うるさいなあ、ほって置いてくれよ」といった憂さが感じ取られるような生返事。朝から虫の居所が悪いのか、つまりベッドから出てくるのに間違った側を使ったのか。昨晩の日本人の怒鳴りに拘っているのだろうか。ドイツ人のプライドを傷付けられ許せないのか。だから同じ日本人に対するいわば一種の反感、嫌悪? 

 後で知ったのだが、若者同士のドイツ語会話では普通、相手に向って“Sie”と言うことはなく、“Du”と言うのだそうだ。 

 その時は知らなかった。相手のドイツ人に向かっては誰であろうと構わず、ドイツ語で話し掛ける時は「Sie」を使うものと思っていた。「Du」で話し掛けなかったので、ムッとしたのかもしれないと相手に対する無知、というかドイツ語についての無知を知った。 

 その時はどうしようもない。知らなかったのだから。今、知っただけでも幸い也。もう二度と間違いを繰り返すこともない。

 それではもう一度、映画の撮影ではないが、同じ場面を撮り直そう。 

挨拶のやり直しだ。

もう一度、彼にもご登場を願って、、、、。

アクション! カット! 

 ”Hast Du gut geschlafen?”

 ”Ja, Danke!”

 おお、やっぱり、反応が違う。気分が全然違う。ぼくもGutだ、気分が良い。

 ■雨の中へと出発 

 外はどんよりと雨が降っている。雨が降っているとヒッチが難しいし、本当のことを言うと、雨に打たれながらの移動は嫌だ。雨が降っていようと降っていなかろうとぼく次第だと言えるのだが、環境に影響を受けやすいぼくなのかもしれない。 

 玄関では札幌へと行く人達、室蘭を経由して登別へとバスで行く人達、皆少々激しく降り続いている雨の中を風と格闘しながら停留所へと急ぐ。

 

 午前8時30分、YHを出ることにした。ちょうど一緒に出掛けようとするような形になった我々数人のホステラー達に向かってヘルパーが奨める。 

「こんな風雨だ。連泊していったら」

 皆、それぞれ予定通り、次ぎの目的地に向かって行かなければならないのだろう。風は猛烈に強くて、傘など差せたものではない。お猪口になるだけでなく、駄目になる。レインコートだって捲くれ上がってしまうだろう。 

 出掛ける寸前、女性ペアレントさんに伝えてみる。 

 「ヒッチハイクをしながらオロフレ峠経由で登別まで行く予定です」

 オロフレはがけ崩れの恐れがあって車など通らないとのこと。台風が近くまで、この北海道に接近しているとは知らなかった。 

 北海道の土地柄を良く知らないということは時に幸い也、と言えるのか。事情通の人から見れば無謀と思われることが本人にとっては別にどういうということでもない。それが本人にとって危険なことになるかもしれない、というのに。 

 急遽、計画の、ルートの変更だ。室蘭を経由して登別へ行くことに決めた。オロフレ峠は明日行けば良いと考えた。

 

 ■風雨の中でも車に拾われた 

 湖沿いの道路を雨と風と格闘しながら少しずつ歩き進んで行く。レインコートの帽子を片手で押さえていないと脱げてしまう。湖上は激しく波立ち、木立も倒れんばかりのしなりようだ。 

 車など殆ど通らないが、風雨に追われるかのようにバスが2、3台通り過ぎて行く。道路を走り去った車の後、水飛沫が宙に舞い上がる。こんな天候下、車も殆ど通らないだろうと考え、道路の真中、水溜りを避けながら歩いていると,後方から警笛。振向くと車が一台止まっている。 

 

 「狭いですが、乗って行きませんか?」 

 女の人がこちらに向かって言う。有難い。濡れたまま車に乗り込む。農家の人、夫婦なのだろう、今こうしてぼくを含めて3人が乗っているからいいものの、「我々夫婦二人だけだったら、この強風で車は煽られてしまうだろう」などとちょっと冗談めいたことを言いながら伊達市街入口まで乗せてきて貰った。午前8時42分〜午前9時10分まで。

 

 ■風雨と格闘 

  国道36号線は広広としていて風雨が前面からまともにぶつかって来る。道路沿いの建物の陰に入ったりしながら、風雨と格闘するかのごとく踏み止まり、前傾姿勢を必死に保ちつつ少しずつ、文字通り一歩そしてまた一歩と歩み進んで行く。 

 羽織っていたレインコートはもう全然役に立たない。ボタンというボタンは物の見事にもぎ取られて何処かへと持って行かれてしまい、風と共に去りぬ。片腕は破れ、もぎ取られて、これも持っていかれそうだ。すそは風のためおおっぴらに捲くれ上がり、自分勝手に背後の方でダンスを演じている。まるで風雨を物ともせずに突き進むスーパーマンだ。ジーパンは見る見るうちに雨で濡れてゆく。

 自衛隊のトラックが何台となく通過して行く。バスも乗用車も風雨の中を突っ走ってゆく。道路の端を歩いたり、立ち止まったりと、こんな悪天候下、そんなぼくを奇異の目で見ながら突っ走ってゆく。手を上げても止まる車はなく、無視されるだけ。もうヤッケもジーパンも着の身着のまま海に飛び込んだも同然、びじょびじょのびっじょり。 

 商店の陰で雨と風を避けながら、向こうから来る車の流れる列をぼんやりと眺めている。風雨は強くなるばかり。もう雨と風とに正面切って歩くことさえ難しい。

 台風は今、この進路にあるのだろう。店はどこも閉ざされ、人っ子一人見られない。空き家があったので入ろうとしたが、どこも閉められていて入れず、建設中の家も駄目。道路端に瓦屋根の小さな物置小屋みたいなものの中に入ったが狭過ぎて駄目。右往左往して、もうこの先は建物も道路脇にはないと分かる所まで来ていたので、この辺りで何とかしなければならない。

 

 ■校舎の中で雨宿り 

  学校があった。裏玄関の軒下で雨宿り。ちょうど風下に当るため風雨が防げる。目の前に植えてある大木の枝などは強風によって吹き飛ばされ、裏門周辺は無残な枝の溜まり場と化す。 

 午前11時過ぎ、言葉では表現出来ない程の風雨。激烈。首でも出していたら首だけでももぎ取られて持って行かれてしまいそうだ。 

 午後零時15分、窓ガラスが割れている所から身を傷つけないように慎重に潜らせて、校舎の中へと闖入する。雨宿りだ。下駄箱置場のスノコに腰掛け、木綿糸と針を使ってレインコートの修繕を行う。終ったのが午後3時半頃か。 

 午後3時50分、場所を変え、奥のスノコの上、修理し終えたレインコートを着たまま仰向けに横たわる。台風の中、よくぞ頑張った。 

 午後4時半頃か、人が入って来て廊下を渡って行く。小使いさんかもしれない。ぼくの存在に気付いていたかどうか、それは分からない。見回りに来たのだろうか。静かにじっと息をしていた。

 ラジオの台風情報は渡島半島付近を今夜半通過すると報じていたようだ。明日になれば好天気になるだろう。そう願いたい。

 午後6時頃、そのまま相変わらず寝転がっていると寒さがじーんと湿ったジーパンを伝って来る。寝袋を敷き、その中に入る。暫く寒さは続く。が、段々と体温で暖かくなってきた。そのまま眠りこけてしまった。

 

    「札幌→洞爺湖畔」台風20号が近づいている!  日本一周ひとり旅↑   「伊達→登別温泉」人がやって来るとちょっとまずい。

 日本最大級ショッピングサイト!お買い物なら楽天市場