■朝の鬱積気分を晴らしたい
YHの正式会員としては泊れなかった。それが頭の中にはまだ未解決な問題の如く残っていた。その所為か今朝の寝起きも何となく良くなかった。午前6時10分、起床。
朝食後、朝の清清しさを求めてYH前の庭園に散歩のつもりで出歩いて行った。沈鬱な顔色
であったに違いない。そんな面をぶら下げながら池をゆっくりと一周していた。日本の風流を理解するといったものではない。霧が掛かっていて、今日の天気が気懸りだ。
毛越寺ユースホステル
毛越寺ホームページ
毛越寺庭園
こんな沈んだ気分で旅を続けるのは嫌だ。この晴れない心の中、天気が晴れれば良いのだがと思い続けていたところ、閃いた。そうだ、毛越寺に泊ったという証拠の記念スタンプだけでも貰っておこう。
そんな思い付きに促されて、受付に少し元気になって戻って行った。
受付でよくよく話しを聞いてみると、会員証は毎年スタンプを変え、その度に会員料金を支払わなければならないとのこと。会員証の発行は直営のYH、例えば岩手県では陸前高田のYHでも発行している。
「行って申請すれば、その場で直ぐ発行して貰えるのですか?」
「そうだよ」
それならば、今日は陸前高田の方、太平洋沿岸へとコースを取って行こう。
実は一ノ関(イチノセキ)からはどういうコースを取ろうか思案していた。ハッキリと決められず、とにかく一ノ関まで行ってからにしようと心に決めていたので、
これで今日のコースも難なく決まった。 新しい会員証を貰いに行くという立派な口実が見つかった。
陸前高田には良い思い出がある。夏の盛りに一度訪れ、YH内での朝食が実に美味かったことで印象深い。また行けば、あの、美味い朝食が食べられる、元気になれる、気分良くなれる―――そんな期待感もあって、行く前からもう何となく気分も浮き浮き、曇りがちだった目の上が晴れ渡ってくるかのようだった。心は平泉にはなく、もう気仙沼の方へと移っていた。
YHを出発する頃には霧も取れて、晴れ間が見え出した。
「晴れて良かったねえ」と寺の女の人。
「ええ、本当ですね」
■予期しなかった出来事
午前8時50分、出発。出発とは期待と同意義でもある。心に不安はない。期待に満ちている。今日はどんなことが待っているのか。
午前10時前、一ノ関に到着。自転車屋さんでポンプを借り、タイヤにも充分過ぎるほどの空気を入れた。
気仙沼へと向かう道路、その入口、橋の手前にやっと着けたと思った。と途端に、バーンと音も高らかに、後輪タイヤがパンク宣言をやらかしてしまった。偶々周りにいた人たちも
一体何ごとが起こったのかと一瞬呆気に取られたような表情、ぼくもそうであった。
後の荷台には我が全財産の重いリュックサックが鎮座していたが、ぼくの体重も過重(加重か?)されてか、タイヤ内のチューブは我慢に我慢を重ねていたのが、もう我慢は出来ん、と
ご主人様に断りもせず限界状態の一線を通り越してしまったらしい。
「空気を入れ過ぎるのも考え物だな、、、、。」
自転車屋さんの店先でポンプを借りて、空気を力強く思いきり出来る限り入れてやれえ、と汗を掻き始める程の全身上下運動をしていたら、お店の御主人が出て来て、そんなぼくの、素人の、余計な力の入った空気の入れ方にコメントしていた。
そんな言葉が思い出された。実際、それが今、本当に考え物になってしまった。考えざるを得なかった。
予備のチューブが手元にあるわけではなし、修理道具を持参しているわけでもない。後輪が地面と仲良く成りすぎて押して行くのが相当難儀であった。それでも自転車
の保護者として同伴、その元の自転車屋さんのお店前まで戻って来た。
チューブを新しく替えて貰った。800円也。高い! そう感じたが、仕方ない、必要不可欠なものだ。
替えて貰う前に料金を尋ねるべきだったと下種の知恵が湧いてきたが、聞いたとしても、高いと思われたとしても事情が事情だ、受け入れざるを得なかっただろう。自分を慰めた。
「それ言った見たことか!」
取り替えている間、面と向かっては言われなかったが、背中をこちらに向けながらも、その背中が言っているかのようでもあった。自転車屋さんにとっては思いがけない嬉しい売上であっただろう。ぼくにとっては思いがけない出来事であった。
■思い出の道路、今度は自転車で走る
午前10時半、もう一度正式に一ノ関を出発。気仙沼に向けて一路走る。途中、北上川に沿っても走る。自動車も余り通過せず、サイクリングには適当な道路と思われた。紅葉も綺麗だ。
ここは思い出の道路だ。3ヶ月前にはこの同じ道路沿いを自分の足で歩き、市内を出てからは確かトラックをヒッチしたことが思い出される。(→ 第6日)この道路や道路沿いの商店を見るにつけ
当時の気分が蘇ってくる。同じ場所を今は自転車で走っている。確か、気仙沼から出ると道は上り坂が多い。
午後1時頃、気仙沼市に入る。午後1時半、腹が減ったので道端で休憩を兼ねた食事と名も付けられないような、だから名なしの食事を取る。
これからは上り坂をどこまでも登ってゆかなければならない。しかし、腹が少しふくれたので、そんなことは気にならなくなった。坂道を一漕ぎ一漕ぎ踏み締めながらゆっくりと上って行く。下り坂になるとスーッと力が抜けてサドルの上に乗っかったまま操縦だけに気を配っていればよい。気分が誠に良い。しかし、風が強い。ハンドルを持って行かれそうな危ない感じに何度か遭遇した。
■陸前高田YH
午後3時、陸前高田に入る。YHに電話予約を入れた。
30分後にYHに着く。懐かしい。前回泊った時には会えなかった受付の女の子、可愛いい子だというので、またそれだけの理由でこのYHに泊りに来るホステラーがたくさんいるとよく聞かされて、
ぼく自身も来てしまった形になったが、その噂の女の子からの歓迎のご挨拶を直々に受けて玄関の敷居を跨ぐ。
なるほど、なるほど、可愛い顔をしている。感心している。ちょっと見惚れてもいる。もちろん 彼女がではなく、ぼくのこと。
同じ部屋に泊った人は、北海道カモイYHで一緒に3泊した自転車旅行の男の人だった。こんな所で再会するとは! 偶然と言えようか、いや、こうして会ったのだから偶然ではない、必然と言えようか。これから11月一杯まで大阪の方へと南下するそうだ。
夕食は最後まで粘った。御飯が足りないということで別に小さな釜に御飯を炊いて貰い、腹一杯でもうこれ以上は受付けなかったのだが、折角、新たに作って頂いたということでその半分も
無理して食べてしまった。
ミーティングはスライドを使っての陸前高田付近の観光名所の紹介。今日は男女合わせて20名程度泊っていたようだ。
4日間、このYHに連泊した男達が4人いた。明日は自動車で水戸まで帰るという。車を運転しながら旅をする。それもまた旅の仕方だなあ、と改めて認識した次第であった。