新庄→酒田 (76日目) 日本一周ひとり旅↑ 由良 (80日目)
「第77日」

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       ■はじめてだった、日本一周ひとり旅■

        19××年10月21日(土)快晴

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  酒田 → 鶴岡 


■朝の掛け声で目覚める

背中のずっと後方、下の方からか、お互いに声を掛け合っているのが聞えてくる。こんなに朝早くから何をやっているのだろう。

寝袋から顔だけを出して見やると、野球の練習だ。朝っぱらからやっている。草野球か。
 

昨夜は暗くてはっきりとは見極められなかった。水が張った、何か大きな池かと思っていたが、何〜んだ、明るくなって見ると広場、グラウンドであった。
 

 

 午前7時10分、起床。

今日は鶴岡までとしよう。そう大した距離でもない。直ぐに着けるだろう。ということで出発を後へ後へと遅らせていた。

何をしていたかと言うと、溜まりに溜まってしまっていた旅日記を書き綴っていた。旅をしているのか、旅をしながら旅日記を書いているのか、 旅日記を書くために旅をしているのか、どうなのか、なんだか良く分からなくなってしまう。結局、午後1時45分まで書いていた。
 

 何だかよく分からぬことばかりだ。

 
 

 さて、と。出発としよう。

午後2時半、色々と出発の身支度等を整え、昨晩と本日午前中までお世話になった日和山公園を後にした。

午後3時15分、酒田駅前を発つ。国道7号線、強風に吹き戻されるかのような圧迫を感じながら前進していたが、風の抵抗を出来るだけ避けようと上半身をハンドルに伏せるかのように前屈みになって 自分も抵抗、いや対抗か、一路、今日の目的地、楽勝! 楽勝! と気分も軽く、鶴岡へと走った。

 ■寝場所探し

午後4時50分、鶴岡駅に着いた。構内で鶴岡市内の案内図を貰い、つらつらと眺めながら考え込んでしまった。―― 今晩は何処で寝るとしよう?

 早速、行動開始。

先ず、学校給食発祥の地と言われる、由緒あるお寺に行って頼んでみた。簡単に断られてしまった。由緒があるなどとは全然感じられなかった。

 道路沿いに次ぎのお寺へと行ってみた。

 「自分はこのように病気だ」

  良く見ろっ、ほれっ、といった風に顔を突き出し、一緒に口も突き出す。

 「隣の寺に行ってみろ!」と不愉快そう。こちらも一緒になって不愉快そうになりそうだった。

 で、その隣のお寺に行ってみた。

 「人を泊めるようなことはしていない!」 こちらも語気が荒かった。

何かあったのだろうか。

午後7時、鶴岡公園内を回りながら、結局はここしかないと思われた場所、図書館脇の自転車置場で寝ることに決めた。こんなところに邪魔しに来る人はいないだろう。

 午後7時45分、寝袋の中に入った。
 

 

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      「第78日」19××年10月22日(日)雨、   鶴岡市内

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雨がポツリポツリと降って来たので濡れないためにも起き上がざるを得な
かった。午前6時半、起床。

昨夜は風がとても強かった。吹き荒ぶ風によって舞い上がった土埃や飛ばされた小さな石の粒が寝袋に音を立ててもろにぶつかって来ていた。寝袋の下敷きとして新聞紙を敷いていたが、朝見てみると新聞紙は埃で被われていた。掃き溜めのようになっていた。

降り出した雨は強くなる一方で、止みそうもない。ラジオの天気予報によると、昼頃、寒冷前線を伴った低気圧が通過する。山形県には強風波浪注意報が出ている。

雨が降っていて、しかも止みそうもないとなると出掛ける気が殺がれる。この自転車置場で突っ立ったまま、両足に根が生えてしまったかのよう、外の方をぼんやりと眺めている。 焦点が定まらない。小型携帯ラジオはつけっぱなし。腹が減ってくればビスケットを口に運んで食べる。金縛りに会ったかのように、全くその場所に釘付けであった。

 午後2時半頃から小降り、午後3時頃、雨は止んだ。

午後5時20分、濡れていない所に新聞紙を敷き、その上に寝袋を広げ、寝袋に入った。今日一日もこれで終わりだ、と決めた。

 

 

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   「第79日」19××年10月23日(月)曇り時々雨、 鶴岡→ 由良       
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 朝方、午前6時頃から雨が降り出した。

濡れないようにと寝転がったまま体だけを出来るだけ奥の方へとじわじわと移動させそのまま寝袋の中でじっとしていた。
 


午前7時からの一連のNHKラジオ語学講座を仰向けに寝転んだまま聞き、終わったと同時に午前8時、起床。

 手元に残っていた食パン四枚にマヨネーズをつけて食べ切る。

 午前8時50分、出発。日が射して来た。
 

 良い天気になる予感がする。

本日こそはYHで泊ろう。
 

野宿が重なると心も荒むようだ。午後3時からのYH受付までには充分余裕時間がある。それゆえ今日の行動はゆったりとしたもの。

鶴岡駅に着くまでの道路沿いの店等、本屋、ショッピングセンター、郵便局とゆっくりと自転車での散歩、道草を食うかのように次から次と立寄った。余裕綽綽と時間潰し。この町に住んでいるわけではないが、そんな気分に浸っていた。着いたのは午前10時半だった。

午前11時半、駅前市街を発ち、YHのある三瀬に向った積りだったが、まだ時間があるということで湯野浜温泉の共同湯にでも寄って行こうと、途中そちらの方向の道路を走って行く。が、道路がどこへと通じているのか分からなくなり行方不明となってしまった。しかもポツリポツリとまた降り出す。
 

午後零時45分、羽前大山駅に着いた。着いて暫くするとザーザーと激しく雨が降り出した。まるでこの自転車旅行者が屋根の下に無事入るのを見計らっていたかのようだ。

雨宿りを兼ねて待合室では過ぎ去りし日々の出来事を記録すべく白紙のページにボールペンで文字を何行もと書き連ねる。 これを「待ち時間の有効利用」と自分で勝手に読んでいる、いや、呼んでいる。

 指が疲れた。当然、書き慣れていないことしているからだ。
 

午後2時半、出発。三瀬に向って国道7号線を行く。向うの山の方、雲に被われ、雲の破れた所から日が洩洩れている。

 ちょっと出発するのが遅かったか? 
 

 YHの受付けに間に合うか? 
 

 少々スピードを上げて国道を走って行く。

 背中は少し汗を掻いているようだ。

 YHに予約電話を入れなければならない。
 

 走りながら思っている。
 


 でも電話はどこにあるのか?

 
 走りながら思っている。


走りながらも、思いながらも、沿道、電話を見出そうとしている。細い目をもっと細くしている。


 

 午後3時半、ドライブインに立寄った。
 

 電話を借りてYHに予約を入れた。入れたが断られた。

ああ、今晩も野宿となるのか!? 

本日はお客さんが来るので残念ながら泊れない、と言う。後で分かったのだが、ドイツからホステラー達が訪れるらしい。既にドイツ人たちの食事を作ってしまっていたとのこと。

オレの食事も作ってくれ!? 

見るとドライブインのベランダが広くなっている。そこを使わして下さい、と店の人に頼んでみた。もちろん、寝るためである。

 

 「良かったら座敷で泊って行きなさい」

 予想していなかった申し出。有り難く従った。
 

午後4時半、わざわざコタツも出してくれる。コタツに入りながら旅日記を記している。この旅での”特技”にもなってしまった。旅をしているのか、旅日記のた
めの旅をしているのか、まったくどっちなのか。

 


 午後6時前、雨が激しく降り出す。

雨宿りと同時に今度はそのまま泊れるので一安心。昨日、一昨日と雨に濡れないようにと気を配りながら夜が過ぎ去って行く時間を黙って見守っていたが、今晩は全部省略出来る。何と気が休まる思いだろう。

両肘を立てて書き続けていたので、腕が疲れてきたし、何時の間にか暗くなって来ていたのも知らず、そのまま薄暗い環境の中で書き続けていたので目もしょぼしょぼ。 疲れた。上半身、首と緊張状態を不自然にも長時間保っていたので余計に疲れた。疲れた。
 

 

午後7時半、緊張状態を自主的に解除し、コタツの中、着の身着のまま腹這いに潜り込み、そのまま寝入ることにした。「今日はもう終わりだ、お休み!」ということにした。 また明日に期待しよう。顔をコタツの布団に寄せ、寝る態勢を取るや否や、直ぐ近くの戸が開いた。

「好きかどうか知らないが、食べないか?」

カレーライス。運ばれてきた。有り難く食べさせて貰った。5分も掛からなかった。
 

 

午後8時半、就寝前の、夜の時間を何かをして過ごすということもなし、腹も幾分満たされたし、安心して寝られる。
 

今晩は屋根の下だ。就寝中に雨に濡れる心配もなく、親船に乗ったような気分で有り難く休ませて貰った。三日振りだった。

 

 

コメント

東北の日本海側を旅していた、というよりも少しずつ“移動”していた。雨模様の日々が続き、天だけでなく気も晴れないような雰囲気に苛(さいな)まれていた。陰な環境に影響されてか、ひとり旅に元気が無くなってしまっていた。

お寺に行っては断られ、YHでも当て外れ、安心出来る寝床が見出されず、寂しい旅ガラスになってしまった。

不毛な旅。そんな風に思えて来た。その真只中にどっぷりと浸かってしまっていて、逃れ様がないかのようだった。何ゆえにそこに来ているのか、目的が見えなくなってしまっている。明るさが見られない中での移動に嫌気を射しながらも、明るい時が巡ってくるのを辛抱強く待っていた。

長距離運転手の溜まり場、泊まり場でもあるドライブインに、この旅人は安堵と安眠の場をやっと見出した。

                          ――― 待てば甘露の日和あり

 

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