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「第80日」 

19××年9月24日(日)雨後曇り、後小雨 

                 由良 

 

建物の中だから安眠を妨害されるような邪魔は入らないだろう。今晩は野宿をせずに済んだ。有難い。安心して目を閉じた。眠りの世界に入って行く自分を待った。静かな夜の時間の流れの中に自分を横たえ、朝、外を見れば明るい日がやって来ていることを期待する。

どうも寝入れない。建物の外、ドライブイン前の道路、夜間なのに、いや、夜間だからか、車が止めどなく通過して行く。夜間の方が寧ろ交通量が多いようだ。騒音に災いされるとは思いも寄らなかった。 

激しく降ってもいる。真夜中を過ぎた頃だろうか、そんな激しい雨の中での運転を避けるためなのか、ドライブイン横に一時駐車と決め込んだらしいトラック、そのエンジンかけっぱなし音が店の中にまで遠慮なく浸入してきていた。
 

 この長く単調に続くエンジン音でとうとう目も覚めてしまった。見ると部屋の中、天井の電気が点けっ放し。起き上がり消して再び寝入ろうとした。

 

 

開店前の静けさ

店の中、物音一つ聞こえない。朝が明けたらしい。耳を澄ます。外のトラックは去ったらしい。ぼく一人だけがこの建物の中に残されていたのだろうか。どうもそうらしい。腕時計を見た。午前7時前後に目覚めた。
 

午前8時頃からは一人、また一人と、ドアを開けて従業員が入って来る。今日も仕事が待っている。

開店準備開始の音が調理場の方からも聞えてくる。開店は午前9時からなのだろう。何時に起き上がろうか、などと考えながらも、両腕を頭の後ろに組んで枕のようにし仰向けに天井を眺めていた。外は断続的に雨が降り続いている。雨の中を濡れながらサイクリングしなければならない自分の姿が目に浮かぶ。余り気が進まない。

だらだらと寝転がり続けていることに嫌気が差し、午前9時20分、起き上がった。トイレに行く。洗顔。出て来たところで奥さん、経営者だろう、その奥さんに出会い、朝の挨拶をする。

20分後、内心期待していなかった、と書けば嘘になるが、座敷に朝食が運ばれてきた。出掛ける前に食べられるということで嬉しかった。

   朝食の献立:ヒラメの空揚げ
            きゅうりの漬物
            ひじき
            豆腐と昆布の味噌汁、
            玉子玉にほうれん草、
            御飯

 

■出掛けるタイミング

そうこうする内に雨は止んでいた。目の前の白山島、こちらでは「東北の江ノ島」と呼んでいる。見たくはないと目を瞑っても開ければ目に飛び込んでくる、手を伸ばせば届くような近さだ。

さて、何時に出掛けようか? 自分に問い掛けている。別に急ぐ身ではない。だから、まだゆっくりとしていたい気持ちもあった。寝不足も感じていた。

出掛けるタイミング、その切掛けをつかもうとしていた。関西、明石からやって来たという運転手さん二人と言葉を交わしていたが、出発の時間が来たらしく席を立った。それではぼくも出掛けることにしようか、とそれらしく準備を始めたところ、そんなぼくの心の中が見えるのだろうか、出鼻をくじかれた。

 「まあまあ、ごゆっくりと休んで行って下さい」

 「ああ、そうですか」

  その気になってしまった。

午前中、食事をした後、早々に出掛ける積りだった。が、諦めた。実際、長居を咎められる雰囲気はない。そう言えば、ここは休憩所だ。別に急ぐ必要もない身だ。


やはり気になっていた。いつまでもずるずると無制限に留まってもいられない。

もうゆっくりと十分に休ませて貰ったと思い、午後零時45分、出発することにした。

 「持って行きなさい」

  御弁当を作ってくれた。予想していなかった。

 ドライブインで働く皆さん達の挨拶に送られて出発。

 

         *       *

 今、道路沿いを走っている。
 

 御弁当のおにぎりの中には何が入っているのだろう。気になる。
 

雨がパラパラと降って来た。どこかで一時の雨宿りをしようと思っていると道路沿いにバス停小屋が目に入ってきた。
 

渡してある板橋(道路と小屋との間には溝がある)の上を渡ってバス停小屋に乗り入れた。

腕時計に目をやる。午後1時5分。昼食時間は既に過ぎていた。ベンチに腰掛け、気になっていた御弁当を早速開封。おにぎり三個、シャケ入り、しかもふりかけ海苔がまぶしてある。銀紙の包みの中には野菜炒め、きゅうりの漬物のおかず。

 美味かった。

 どうしてこうも美味いのか? 

 土地の庄内米だから?

 久し振りに御飯を食べたからか。 

しかし、また思うのだが、どうして食べ物が手許にあると、何の見境もなしに、つまり食糧の時間的な配分ということも考えず直ぐに全部食べ切ってしまうのだろう。

 

■バス停小屋の中でリルケを読む

旅の途中での食べる喜び、それは一応十分に満たされた。

満腹になると同時に今度は動くのが嫌になってしまった。と言うよりも、もういい、今晩はここで一泊してしまおうという気持ちが先に立ってしまった。

この天気、降ったり止んだり、当てにならない。天候に影響されてぼくの気持もはっきりしない。

 

 夜までにはまだ時間があった。

バス停小屋の中では久しぶりに読書を始めた。時間潰しだ。いや、ここに留まっている理由を見つけた。

リルケの「若き詩人への手紙」を読む。約3時間、午後4時15分まで休憩も入れず一気に読む。
 


       *       *

リルケが強調したいこと、それは「孤独ということ」に尽きるようだ。詩人たる者は、その心を当然、内へ、奥へと向けなければならない。その結果、そうならざるを得ない自分は正に孤独を必要とする。

ジャーナリズムに持て囃されるからとか、そうした外的な理由の為に詩人になろうとするのは邪道。良き詩人になりたいと願望するならばその人にとっては正しく逆の方向へと自分を導いて行かざるを得ない。

ただただ、自分の心に忠実になれ! それは孤独を強いるが、それに耐えて行かなければ本当の意味での詩人にはなれない。

そして孤独の次ぎに必要なもの、それは「耐える」こと。そこから生まれ出る言葉はもう外部のことなどに逐一構っていられるものではないだろう。
 

 

       *       *

肉体は食物を糧として必要とするように、この旅人の、少々荒んだ心はそれなりの糧を必要としていた。リルケの言わんとすることを読むことで、リルケと会話をするかのように読書をすることで、そんな心の糧を少しでも得ようとしていた 。

そういえば、読書中、バスもバス待ちの乗客も現れなかった。ぼくのためにそっとしておいてくれた。そう考えよう。

誰も来ないことを見越して、午後4時50分、そのバス停小屋の中、寝袋の中に入った。貸切の小屋だ。

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