「第81日」
19××年10月25日(水)晴れ
由良→温海温泉→由良
■緊急事態発生!
バス停留所の小屋の中、壁に沿って取り付けられた長い、でも幅の狭いベンチの上に寝袋を不安定にも敷き、夜中、そのベンチから滑り落ちては一大事、落ちないよう
に落ちないようにと思いながら何とか一夜を過ごした。
午前8時、起床後、そのベンチの端ぶちにちょこっと尻を乗せて、一連のNHKラジオ語学講座を聞いていた後のことであった。
と、と突然、トイレに行きたくなった。周りを見回した。
緊急事態発生!
早く、早く、何処だ、何処だ?! 適当な場所がない。
どうしよう?
何処かへ姿を消そう隠そうと小屋の外、その辺を素早く見回した。非常に厳しい現実に直面せざるを得なかった。適当な場所が見出せない。
何処にもない!!
ああ、もう待てない。もう我慢出来ない。
万事休す!?
小屋に戻って来て、ひょいと見ると、あった。
あった!?
小屋の隅の方、ベンチの下、注意深く人の目に触れないように隠されたかのようにダンボール・ゴミ箱があった。
緊急事態もすぐさま解除され、暫くして出発の準備も整い終る頃、何となく、何処からともなく匂う、いや、臭う。もう忘却の彼方に押しやった筈なのに、さっきの出来事を思い出さざるを得ない。
これはちょっと拙い。バス待ちの乗客が一人、今、こっちの方へと、この小屋の中へと入って来ようと向っている、ようだ。
どうする?
どうしよう?
小屋の中をうろうろ、自分もバス乗客でここになってきて、見ればその辺が汚れているようなので(確かに汚れてはいたが)適当に掃除してそのゴミ箱を序に、といった風に外へと持ち運んで行った。捨てに行った。これはここだけの話にして置こう。
■温海温泉共同風呂貸切独占入浴洗濯
午前8時35分、そのバス停「大波渡」を出た。
日本海を右側に見ながら、どのくらいゆっくりと走って行けるものなのか、実験するかのようにスロースローで走って行く。
実はすぐ近くにある温泉に行きたいのであった。早く着いても時間を持て余すだけ。だから極端に可能な限りゆっくりと自転車を漕いだ。それでも午前9時40分には着いてしまった。
温泉郷内をゆっくりと散歩する。
ところで、共同風呂は何処にあるのか?
その温海(あたみ)温泉に来た目的は言うまでもない。この無料共同風呂に入って汚れを落とすこと。過去何日振りか、詳しくは言えない、書けない。尤も 調べて見れば簡単に分かることだが、そんな暇、今はない、今は書くこ
で忙しいのだ、いや、間違えた、その風呂に入ることが先決だ。過去何日 間溜まった体の汚れと衣類の汚れを洗い流したかった。
その場所を人伝に訊いて、共同風呂に着いたのが午前10時45分。
中を覗いて見ると、近所のおばさんだろうか、両手両足の衣類を捲り上げて、風呂場の掃除、真っ最中であった。
「あの〜、お仕事中、すいませんが、、、、、」
遠慮がちに聞いてみると、入浴できるのは午前11時過ぎからであった。やはり予想したように余りにも早く着いてしまった。
午前11時、待ってました!
ぼくはそこに入る。それまで何をやっていたかはこの際、余り重要ではない。
一番でやって来たということについては多言を要しないが、湯船にはま
だお湯(透明な出湯)が充分には満たされていない。仰向けに寝転がって少ないお湯に全身を、いや背中だけでも先ずは浸そうとした。
靴下、半袖 シャツ、長袖シャツ、パンツ洗濯もお湯に入ったり出たりする合間にや
る。何しろお湯が急には一杯にならないで、また一杯になるまで待ってもいられないし、湯船から出ているとまた湯冷めて寒いので入ったり出たり、結局午後1時ごろまでこの共同風呂を自分専用に借り切っていた。
昼近くからは風呂、温泉にゆっくりと、まるで自分一人の為にこの場所
は存在しているといった具合で、久し振りに温泉を堪能することが出来た。湯船に肩まで浸かりながら、窓から見上げられる空は晴れ渡っていて、何だか、いつまでも風呂に入っているのが惜しいと思われてきた。
衣類を洗濯した後、適当にその辺に干して置いたが、そろそろ出掛けなければならない。まだ少々濡れたままの半袖シャツと半ズボン、ひんやりとした感覚が何とも言えない。
着替えた後、午後1時50分、外へと出る。湯から出る頃には付近のおやじさん達だろう、一人、二人と入れ替わるかのようにやって来た。
入る前の体重が62kgであった。出た後は61kgであった。1kg痩せた。風呂に入っただけで体重が減るのだ。体の汚れ分1キロだった、となるのだろうか。
■「由良ドライブイン」に戻る
温泉に浸かりながら今後の行動を思い遣っていた。あの由良ドライブインにもう一度行って、泊めさせて貰おう。
「また来なさい。何時でも泊めて上げるから」
先日、と言うか昨日別れた時の、そんな言葉がはっきりと耳に残ってい
た。その時の言葉を信じて、自分勝手かなと思いながらも泊めさせて貰う積りでいた。
ドライブインに戻って行くにはまだ時間的に早過ぎる時刻と思えた。時間を潰すために、温泉郷内を散歩がてら回ったり、そこを発ってからも海岸線の道路をゆっくりゆっくりと、実は寒かったのだが、恰も景色を楽しむかのように、少し走っては止まり、また少し走っては止まるという風であった。途中、「海の中の釣堀」を目にした。
午後4時を過ぎると薄暗く、寒さも身に染みて来た。
午後4時50分頃、昨日宿泊を断られた鶴岡YHの建物とはどんな風かと見物がてら近寄って行って見た。帰ろうとすると、そこのヘルパーが自転車で下って来た。
「おお、これは珍しい」とぼくに話し掛けてくる。
何が珍しいのか?
行こうか行くまいか、泊めてくれるだろうか、と道路沿いを走りながらも色々着く前は躊躇ったり、自分を責めたり、でも午後
5時10分、お目当てのドライブインに到着してしまった。
恐る恐る店の中に入って行って、皆様に再会した。
「昨日は何処さ、泊った?」
「奥へ入って休んでなさい」
前回と同様、同じコタツに入りながら、今回は電灯をつけないまま暫く、うつ伏せに横になっていた。と、ふっくらとした娘さん、戸を開けて告げに来た。
「うちのボスに一応挨拶をしなさい」
そう言われれば、その通りであった。
■後片付けのお手伝い
コタツに入ったまま休んでいると、午後7時頃、戸が再度開く。先ほどの娘さん、告げに来た。
「夕食まだでしょう? 御飯食べさせてやるから、手伝って」
ラーメンとライス、きゅうりの漬物二切れ、鶏肉と長ネギの炒めがお盆に乗せられて運ばれてくる。10分程で食べ終えてしまった。
何でも2階の大広間には団体客50名が入ったのだそうだ。何を手伝うのだろう?前掛けを渡され、とにかく2階へと行ってみる。と、50名の食べた後の後片付けであった。こんな仕事、めったにやったこともなし
それに御飯も只で食べさせて貰っているので、別に嫌な仕事とも思えず、寧ろこのくらいのことは当然申し込んでやるべきだと思いながら、またとない機会が与えられたので喜んで手伝わして貰った。出来たらここで暫く
は働かせて貰えれば良いんだが、、、、と手伝いをしながらそんな思いが湧いてきた。
それにしても、これはどういうことなのか。驚きだ。驚きとしか表現のしようがない。食べ物を残す人の多いこと。贅沢な残し方とでも言うのか、いや、残し振りとでもいうのか、それとも贅沢な、お上品な食べ方と言えば当たっているのか。全然御飯に手を、いや箸を付けていないものもあった。そういうものは片付ける合間、合間にぼくが食べさせて貰った。どうせ
棄ててしまうものだ、もったいない。もったいない。もったいない!
残飯や汚れた食器等を1階の調理室へと次から次へと運んで、後片付けが先ずは終わった。
次は食器洗いであった。結構、楽しい。横から洗剤で
洗われた食器を次ぎから次ぎと素早く水洗いして籠の中に伏せる。量が多かったことになるのだろうが、多いとは全然感じなかった。仕事も楽しんでやれば直ぐに終わってしまう。
午後9時近く、食器洗い等、今日一日の仕事も全て終わった。と、これ からが従業員皆さんの夕食だったのか。「あんたも食べるか?」と訊かれ、出されるものなら何でも食べておこうという貧乏根性の表われかも知れな いが、出てくるものを食べることにした。
■暴飲暴食の末に
夕食の乗ったお盆を座敷へ両手で持ち運んで行って、一人で食べ始めた。と同時に外は激しい雷雨だ。雷鳴も高らかに土砂降りだ。食事も今回はBGM付きだ。
どんぶり一杯の御飯も半分食べ終わらないうちに、どうも腹の調子がおかしい。気持ちが悪くなって来て、もう食べられない。15分後、トイレに駆け込み、2、3度吐く。胃袋が受け入れられる容量以上に食物を入れようとしたからであった。そう言えば、第一の夕食、後片付け中のもったいない御飯、その後の御茶と水のガブ飲み、しかも今、第二の夕食。いくら大食漢のぼくとて、胃袋の方では満杯、満腹御礼、そして御断りが出てしまったらしい。
トイレから戻り、食べ残しては失礼だと思い、再度箸を取る。今度はゆっくりと、何もガツガツと慌てることもないのだからと落着いて噛んで、残りの全部を食べようとする。漸くにして全部食べ終えたが、今度は動くのが難儀であった。腹がパンパンに張って、ゆっくりと騙し騙し動かなければ、食べたものが胃袋から急に飛び上がって来て、戻しそうである。
腹を空かしているのも苦痛だが、満腹を通り越して超満腹も苦しいことがこれで良く分かった。
午後9時半、食べ終えた。お盆を調理場へと返しに戻って行くにも、一 苦労であった。
ああ、もう絶対に金輪際食べたくはない!
その時、本気にそう思った。
午後9時42分、コタツの中に入り、腹を温めるようにした。そうすれば消化を早めることが出来るかもしれないとの心使いで、体をコタツの奥の方へと潜り込ませた。
真夜中、何時頃のことであっただろうか、腹が急に空いている自分をおぼろげながらも意識している自分があった。どうしてだろう。
食べることばかりに気を回していたので、第二の夕食の献立を記して置くことを忘れそうになった。
第二の夕食の献立:ヒラメ、ひじき、きゅうりの漬物、 |