山形 (84日目) 日本一周ひとり旅↑  山形→上山(86日)

「第85日」

                19××年10月29日(日)晴れ                

                              山形

この場所だったら人目に触れることもない。人目に触れなければ余計な邪魔も入ることもないだろう。

別に急ぐ旅をしているわけではなし、決まったスケジュールがあるわけではなし、だからあたふたと出掛けて行く理由もなかった。そう自分では思っていた。安心して気が済むまで寝転がり続けていた。
 

この場所とは、昨晩からお邪魔しているところ。美術館の建物の、中ではなく、外。下だ。下と言っても地階ではない。あくまでも外、建物の下、専門用語で縁の下とも言う。

日曜日、縁の下でもこの旅人は朝を迎えた。寝袋の中に仰向けに寝転んだまま、耳元の携帯ラジオではベートーベンの交響曲第五番が流れていた。
 

旅の空の下、更に縁の下で偶々クラシックな音楽を聴くとは! 

周りを見渡せばむさくるしくも、精神的には久しぶりにクラシックな気分。

 これが「運命」なのか。縁の下での運命、我が運命は如何、

 ダダダッダ〜ン!


午前9時、起床。つまり、寝袋のジッパーを下ろし全身を引き出し、寝袋をマットの如くその上に胡坐を掻いた。実は出掛ける気が疾うに失せていた。日曜日だし 、今日は一日縁の下で時間を潰そう。そんな思いを弄んでいた。

空腹を感じ始めた。両足を寝袋に突っ込んだまま、時に胡坐を掻いて、遅い朝食を取り始める。ちょっとした儀式の始まりでもあった。マヨネーズ、ケチャップ、ナイフ、納豆、ハムなど、胡坐を掻く両足の前に一通り取り揃えて、さて、これから一人で食事でもしようか、といった塩梅であった。ハムを入れたサンドウィッチ二枚、納豆を入れたものを二枚、たったのこれだけ。午前10時まで。

 

我が詩作の時間をたっぷり と塗る


食事を一応済ませた後、――― 昨日の興奮、鼓舞された自分、試作への決意、その実行に移るのであった。

腹も脹らんだことだし、さっそく、詩を書いてみよう。

で、この自分にも書けるのか。

実際、書き下したものは詩のような詩でないような、詩に型でも有りとするならば、これは詩とは言えないかもしれない。我が心情を詩的に表そうと努めた。

 言葉選びもそうであるが、そもそも言葉で以って心情が正しく表され得るものなの か。楽しい、淋しい、嬉しい、悲しい等々の、それらしき雰囲気、我が感情、気持ちの一般的な、平凡的な表出でしか有り得ないのではないのか。

これが詩だ、オレは詩を書いているのだ、と力む必要もないだろう。素直に思う気持ちを出来るだけ忠実に書き下して行けばいいのではないか。自分を 説得、納得させていた。


 ―― 山形での仮の宿 ――

 今日、日曜日
 人出、少ない
 外、寒い
 人は家の中でじっとしていれば良い
 

 今日、日曜日 、昼前、
  一台、そしてまた一台と乗用車でやってくる

 ここ、縁の下からだって見える
 直ぐ近くに駐車だ 
 

 先週の日曜日もそうだった、
 いや、土曜日も日曜日もと週末の二日間
 結局同じような場所での同じような連泊だった
 我が旅の、歴史は”変に”繰り返す

 ああ、山からの風か、冷たい
 こんな所にも容赦なく吹き抜け行くのか
 半ズボンだったから尚更、冷たい、

 

 昨日の午後4時ごろだった
 公園では子供たちがまだ芝生の上で興じていた

 枯葉が舞い落ちる路上を
 おばさん一人、二人と頬被り、
 一日の仕事を終えてか、自転車で家路を急いでいた

 で、この俺も自転車に乗って、
 家路へ?

 いいや、俺は仮の家路へだ
 それは夜の帳が降り始めてからだ
 

 夜、皆が皆、家路を急ぐ。
 「寒いがなあ」

 暖房の効いた自分の部屋に戻って来て
 ほっとする
 「やはり我が家が一番がなあ」
 満足そうだ

 で、この俺は?
 今晩は何処で寝ようか、
 昼間から探していた

 あっ、あそこに!
 あそこなら風雨を凌げるし
 誰にも邪魔されることはないだろう
 あそこにしよう

 

 朝が来れば目覚め起き
 夜が来れば眠くなり寝る

 何処ででも寝られるものなのさ
 そう思えば寝られる

 ああ、今日も、もう夜がやってきてしまった!
 今宵もどこかで寝なければならない!
 探そう、ゆっくり急ぐのだ!

 

 今、
 俺は仮の家路へ、
 あの縁の下へと向かっている

 確か、この辺だった筈だが、

 あっ!
 今宵も仮の宿
 やっと

 見出した

やはり詩作するにも試作を繰りかえさなければならないようだ。今読み返しても平凡、平凡、平凡すぎる。でも、当時の 、旅先での素直な気持は表現されていたと思う。

 

 

 

「何か調査でもしているのか?」
 

午後1時頃だろうか、博物館の館員の一人なのだろう。縁の下に自転車が置いてあるのを目敏く見つけて、不審がる。そんな様子がこちら、縁の下の陰から手に取るように観察出来る。

職業柄、当然なのだろう。確認しなければならない。その人、何となく難儀そうに、でも職務だかということなのか、縁の下に頭をぶつけない様に腰をかがめるようにしながら入って近づいて来る。が、途中で留まり、言葉を放つ。

 「おーい、何か調査でもしているのか?」

ぼくに向かって問い質す。ぼくのほかには誰もいないから、ぼくへの問い掛けだろう。

何かの調査? へえ、そんな風に捉えられるものなのかとちょっと感心してしまった。第三者からも見るとそうなるのか。それはいい理由だ。

ノートに何か書き物でもしていたものだから、そう尋ねたのか、それとも職業柄、そう訊くのが自身にぴったりしているからか。  

 「あっ、はい、ご名答です! ご覧の通り、この建物の縁の下の現状調 査です」

 

 

 または、こんな会話が交わされたかも知れない。
  
  「縁の下での詩作ですよ」
 
  「試作? 何の試作なのかな?」
 
  「詩作の試作ですよ」
 
  「で、何を思索しているのかな?」
 
  「だから言ったでしょう、詩作の試作ですよ」
  
  「施策の思索か?」
 
  「そうです! 詩作の詩作です」

  「力作を期待したい」

  「はい、ご支援有難うございます」

 

 

そんな返事や会話を交わす暇もなかった。

縁の下での何者(若者に決まっているのだが)かから返事を待つまでもなく自分の方で事情が分かったらしく、適当に理解出来たのか、きびすを変え 、そのまま腰を屈めて縁の下から外の明るい世界へと戻って行ってしまった。別に危険物ではないようだ。

   お互いに安心して、お互いに別れた。

縁の下から反対方向、つまり博物館へとやって来る人達と相対する方角へと目をやると今は結構、人出もあるようだ。あの高校生らしき女の子、さっきの博物館の警備員の如く腰を若干屈めた格好、 第三者が眺めるとちょっと不審な動作に見えないこともないことに気が付かないのだろうか、とにかく覗き込むかのようにこちらをずっと窺がっている。やはり警備員みたいに気になるのか。

  「そこで何さ、やっているのさ?」

 そんな呟きがこちらの方へと大きく聞こえて来るかのようであった。

 


喉が渇いて水が飲みたかったので、一度縁の下から出てみた。

どんよりの曇り空だった。それは縁の下からも分かったことだったが、外に出てみて、それが本当であったのを 改めて確認した。

何処か水飲み場がないかと、その辺、近くを少し歩いてみた。が、水道の蛇口はこ の寒い中、口を開けてこの旅人にその水を提供する用意はどこにもなさそうなので 元の場所に戻るしかなった。

詩作だけでなく、手元の詩集も読んで時を過ごした。が、何しろ暗い所での読書、目の健康に宜しくない。そうと分かっていながらも、場所も場所だし、仕方ないと自分に妥協、暫くはそのまま時間潰しに読書を続け ていた。同じ姿勢を長時間保っていたのでそのまま変に筋肉が固まってしまった。全身疲れた。

 

 

暗い。寒い。昼間なのに夜の帳が降りたかのような周りの世界、縁の下。

午後5時前、寝袋の中に着の身着のまま滑り込む。

直ぐには寝入れない。その間、明日のことを思っていたのだろうか。天候が好転することを期待したい。

午後8時頃だっただろうか、漸く寝入った。

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