山形 (86日目)  日本一周ひとり旅↑  上ノ山→米沢(88日)

「第87日」

    19××年10月31日(火)雨時々曇り

                               上ノ山市内



 「中に入って御茶でも飲まないか」 

 御呼びが掛かった。もう起床時間だよ、と午前7時40分、言わば無理矢理に起こされてしまった。

 館内に正式に招かれた。 

 雨が降っていなければ毎朝5時起きで、建物の周囲を散歩するのだそうだ。昨夜からの雨は今朝になってもまだ降り続いている。 

 お茶と一緒に御茶菓子でも出てくるだろうとひそかに期待していたのだが、お茶だけであった。仰るとおりにお茶でも飲むことに相成った。 

 

 午前8時半まで、椅子に腰掛けて、低い長方形テーブルを挟んで、美味しくもないお茶をすすりながら、話しが途切れると、朝の静けさの中、窓外の景色に目を遣る。何となく焦点が定まらない。 

 秋真っ盛り、地面を被う枯れ葉を見ているとこの建物までもが同じ枯葉の中に埋もれてしまっているかのような錯覚に陥る。 

 お互いに無口の二人であった。斉藤茂吉について話題を交わした訳でもなかった。周りの木々だけでなく、我々の間での話題も涸れていた。

 

 

  ― 朝の上ノ山 ― 

 館内の小さな窓から外を眺めやる。  

 木々は赤く、

 黄色く、

 また緑く、

 色濃く染まっており湿っており、

 遠くの山々は灰色く霧に包まれている。

 あれが上ノ山なのか。 

 

 館内での話し合い、

 話し合い?    

              

 お茶を二杯、三杯と飲みながら、         

 館長さんはタバコ、一本、二本と吸いながら、                   

 のんびりと構えている、                   

 何を考えているのか、                 

 話題でも探しているのか、話し合いは途切れがち。

 

 この沈黙、

 この静寂、

 この時間。

 

 ぼくは四角い透明のキャンバスにまた目をやる。    

 雨上がりの松の木、  

 もみじの木、  

 鳥々の鳴き声、  

 この目に鮮明に写生されている、

 この耳に明朗に録音されている。

 

 朝の静けさの中に、冬の訪れが近づきつつあった。

 

 

 

 

 

 

 窓口受付の女の子が出勤してくる直前にぼく一人だけ館外へとぽいと押し出されるかのように出て行き、元のベンチの上に腰を降ろした。

 ビスケットを一つ一つ、手に取ってはボリボリ、朝食の積り。それが一時間程続く。

 

 午前9時半から午後零時半まで、旅日記を綴っていた。 

 時たま、山から吹き降りてくる風、とても冷たい。冷たい、冷たいと思いながらも尻に根が生えてしまったのか、腰が上がらず、ついつい、もう少し、もう少しと書き綴っていた。寒さに対しても余り注意が行かなくなった。それがいけなかったのか。鼻水が出てくるし、体全体に寒気を感じる。 

 日がちょっと申し訳程度に照り出せば、弱い日の中に飛び出して行った。太陽光線に迫力が感じられない。 

 どうしてこうも寒いのだろう。夏の旅の季節はとっくのとうに終わった。それなのに夏の旅をそのまま続けるかのような意識がまだ抜けていない。防寒用のヤッケが手元にあった訳ではなかった。 

 もう我慢の限界もこれまで、と腕時計を見ると午後零時半であった。

 さあ、動こう。

 

 

 

 線路に掛かった橋を渡り、広くなった駐車場の一角にある売店軒下で雨宿り。晴れ間の中の降雨。出掛けようと思えば出掛けられたが、濡れた後が余計に寒いので、雨が完全に止むまで待った。

 

 午後1時20分、白い粒、雹が突然、降って来た。寒かったわけだ。上空は雪が氷になってしまう程の寒さだ。

 

 20分後、思い切り、そこを離れる。上ノ山の町も大分入った所で再び店頭での雨宿り。店の人に「何処か無料で泊れる所ないですかね?」と訊いたが、良い返事は得られない。 

 ちょっと進み、少し止まっていると、また雨。上ノ山駅へも行って見た。泊れるような場所ではない。

 

 

 

 ■日本一周に興奮気味?    

 市内、色々と動き回り、午後4時20分、月岡公園へと行く。菊祭りの期間中らしく、菊の品評会も行われていた。 

 公民館脇に着き、自転車から降りるや否や、後からオートバイに乗った年配の男の人が話し掛けてきた。 

 「日本一周か!? オレはこういうことが大好きなんだ。

  冒険、大いにやるべきだ。ビジネスに入ってしまうと、

こうも出来ないからな」 

 ぼくの姿を見て痛く感激、握手を続けて二度もする。言葉もちょっと興奮気味、上ずっているみたいだ。勿論、激励されれば、やはり嬉しい。

 

 「日本一周をやっている行為に対してである」

 

 こう断りながら、帰り際、ぼくのポケットの中に千円札を押し込む。

  

 公民館の講堂に泊めさせて下さい、と教育委員会に頼みに行ったが断られた。 

 午後5時10分、駐車場のある所まで戻り、一角にある公衆トイレの建物、女性用の方で寝ることにした。男性用よりも女性用の方が床のタイルが汚れていないと思われた。 

 鼻水気味だったので、始めのうちは全然臭わなかったが、寝袋に入っていると鼻も乾いて、トイレ特有の臭いが漂ってくる。風が床を這って臭わせる。寝袋に頭から潜り込み、鼻を手拭で被っても臭ってくる。

 

 午後8時頃、乗用車が二台、一台ずつ停車し、女性がこのトイレへと入って来る。ぼくが、と言うよりも、誰か変な人が寝ている、恐い! ということなのか、用も足さずに戻ってしまった ようだ。

 

 寝袋の中、耳元のラジオ放送によると、今日の午前中、蔵王山頂に雪が降ったそうだ。午前中のあの風の冷たさ! 納得が行った。

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