Heinola →Lusi→ Jyvaeskylae→
Aeaenekoski→ Maemmenkylae
■寒い、朝の目覚め
非常に寒かった。
テントの中、眠っていたのか、震えていたのか、寝袋の中に頭から蓑虫のように縮こまって包まっていたのに、その寒さは実に耐え難いものであった。が、朝が来てしまうまでの我慢だ、と我慢していた。
頭の何処か、片隅みではここフィンランドの現地から日本宛に自分の意識が実況中継をやっていたかのようでもあった。
「只今、ここフィンランドの地面の上に寝転がっています。テントの中です。今自分は眠っているのでしょうか、それとも寒さ故に震えているのでしょうか、、、、はっきりしません。フィンランドにやって来て、さっそく野宿同然の一夜がゆっくりと過ぎて行こうとしているようです。フィンランドではこれからどのようなことが待ち構えているというのでしょうか? 続きは追ってまたお知らせ出来るかと思います。それにしても、、、寒い、、、寒い、、、云々云々」と。
他のテントからもキャンプ客たちの目覚めの声が聞えてきた。ヒロ自身は寒さのためにとうに目覚めていた。テントから出て外の様子でも見てみようか、とも思ったが、、、、、それにはちょっとしたタイミングを必要とする、、、色々な想念が湧いてきていたが、成り行きに身を任せていれば良いのだと自分に言い聞かせるかのようにじっとしていながら、テントの外の様子を耳で想像するかのように無念無想の境地に漂っていた。
要するに皆と一緒の団体行動を取ろうとする日本人的心理がヒロの内には働いている。そんな自分であることに改めて気がつく。不思議なことにトイレに立つこともなかったし、フィンランドの朝がちゃんと明けて来るまで、他の人たち、皆が目覚め活動し始めるまで、そこにじっと寝転がったままであった。
ヒロの直ぐ隣に寝ていた若者が目を覚ました。ヒロとは違って良く寝れたらしい。
「Cold!」
開口一番、そう言う。目覚めて始めて分かった寒さらしい。朝の挨拶代わりだ。目覚めてみればヒロと同じ思いだ。フィンランド人であっても寒い、と感じるのだ。我らは同じ人間だ。寒いものは寒い、寒いときは寒いのだ。
簡単に荷物をまとめて、洗面所へと、トイレへと立って行った。戻ってきたら、何か状況が変っているようであった。あれれっ、戻ってくる場所を間違えたかな、確かここら辺だった筈だったが・・・、狐につままれたかのようで、ほんの束の間、合点が行かなかった。
さっきまでその中にいたテントそのものが消えてしまっていた。まるで神隠しの如し。まだ見たこともなかった、初めての風景に遭遇したために戸惑ってしまった。
荷物はどうした? 何処へ行ってしまった? リュックサックも消えてしまったのか、序に持って行かれてしまったのか、とその行方を目で確かめようとしながらも、ちょっと泡を食いそうであったが、あった。ほっとした。泡を食わずに済んだ。尤も食ったとしても腹の足しにはならなかっただろう。
断りもなく、とでも言えようか、ヒロが洗面所に行っている間に、若者二人はテントを畳み車に乗ってさっさと帰って行ってしまった。挨拶を交わすこともなく別れてしまった。
さて、そこに居残った我々、女の子が二人、その一人とキスをし続けていた、足に傷を負った若者一人、そして髭面の若者一人、そしてヒロを入れて5人、背中を丸くして集まって円く輪になるように、両膝を寒そうに抱えるかのようにして地面に腰を降ろし、何とも要領の得ない、朝の顔合わせであった。
何をするというのか。自然の中に生きる“原始人”の朝の儀式でも始まるのだろうか。瞑想の時?
雨が降って来るのではないかとヒロは心配している。若者たちはこれからどうするのか。何か具体的なプランでもあるのか。何かが起こるのか。
このまま皆の真似して腰を降ろしていても仕方ない。腕時計にちょっと目をやる。午前10時半には出発しよう、そう自分に言い聞かせ続けていた。
何とも後味の悪い、やり場のない、感動の無い、無気力的な別れであった。
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■フィンランドでの、不安定なヒッチハイクが始まった
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昨晩からの寒さに身に染みて、長ズボン、長袖のシャツを着込んだ。が、歩いているうちに蒸し暑くなった。昼間は暖かになるのだ。歩いている途中で雨がぱらぱらと降ってきた。あるアパートの入り口に入り、着替え、体勢を整えて、さて、出発である。
駅にやって来る。午前11時35分。待合室のベンチの上に腰掛けて、いままで歩いて来たことからの気分転換と自分を取り戻すために日記を付け始めた。午後零時10分まで。
国道が走っている所へ歩いてやって来ると、前方、女の子二人がちょうどトレーラに乗ろうとするところであった。車の方で自動的にか、止まってくれたようであった。女の子は得だなあ、と思った。
ヒロの方は歩いた。
歩いた、歩いた。車は止まらない。右手、親指を上げても通過して行くだけだ。
途中、ガソリンスタンに寄った車、農家の人か、乗せて行ってくれるかと聞いて見た。おっさんの頼りない車に乗せて貰うことが出来た。午後1時20分、本日最初の目的地、Lusiに漸く来れた。
分岐点となるJyuaeskylaeの方向へと歩を進めている。と、二三百メートル程、前方、車が止まった。ヒロがゆっくりと歩いてやって来るのを辛抱強く待っているようだ。飽くまでも乗せて行ってやろう、と決意していたようであった。
レントゲン医師、35歳。イタリア製のスポーツカー。Kotkaに住むという。Jyvaeskylaeまで、義理の母親に会いに行くとのこと。途中、Joucsaのドライブインに寄り、コーヒーと炒り卵を乗せた柔らかいパンのようなものをご馳走になった。
食後、フィンランドの典型的な村の風景を見せてあげようということで、国道から若干外れて走る。急に広くなった道路がぱっと眼前に現れた。飛行機の緊急着陸用に造られたのだそうだ。
午後3時25分、Jyvaeskylaeの町の外れまでということで送って来て貰った。日本のコインとフィンランドの5マルカとの交換をする。
別れる時、何故か、ヒロに向かって「Gute Reise!」と言ってくれた。ヒロは日本人だよ。ドイツ人じゃないよ。手を振って車を見送った。
再び歩き出す。後を振り返って見ると、車はどれもヘッドライトを点けながら走ってくる。昼間だというのにヘッドライトをつけたまま走っている車の真意が良く分からなかった。
フィンランドでは昼間であろうと夜間であろうとヘッドライトをつけたまま走ることになっているのかもしれない。法律で決められているのかもしれない。ヘッドライトをたまたま消し忘れたまま走っているのだろうとは思われなかった。来る車はどれもヘッドライトをつけたまま。殆どの車は速度を落とさず、突っ走って行く。道路沿いをこのヒッチハイカーが歩いているのが見えないといった風だ。背中の荷物が重たい。車は止まらない。少々、落胆気味である。
フィンランドご夫婦の車が止まってくれた。途中、事故があったらしく、数珠繋ぎの車は事故現場を避けて迂回である。沿道には何台もの車が列をなして停車しているし、見物人らしい人たちも結構立ち並んでいる。奥さんは窓から顔を出して、訊いている。
「Kocari?」
衝突があったらしい。オランダのバスとフィンランドのレッカー車との衝突。死者11名も?
道中、フィンランド語を幾つか教わる。
1 (yksi) イクシー
2 (kaksi) カクシー
3 (kolme) コルメ
4 (neljae) ネーリャ
5 (viisi) ヴィーシー
6 (kuusi) クーシー
7 (seitemaen) セイテメン
8 (kahdeksan) カーデクサン
9 (yhdeksaen) イーデクサン
10(kymmenen) キュンメネン
大きな声で発音練習をした、と言うのかか、させられたと言うのか、とにかくフィンランド語の数字、面白い、と思った。
午後4時50分、Saarijaeviへ向かうというので、その分岐点で降ろされてしまう。
「会うは別れの始まりね。いつかは別れなければならない運命にあるのよね」。そんなこと、言っても多分、分からないだろうと、それよりもバカ景気良く、元気に、大声で、お別れの挨拶言葉を捲くし立てながら下車。
サンキュー!
キートス!
スパシーバ!
ダスヴィダーニア!
グーテライゼ!
どうもどうも。
じゃあねえ。有り難うさん。!
もう、滅茶苦茶。どうでもよい。元気でね。どうも有り難うね。
車は去って行った。ヒロは歩き出す。