Student 
Officeへと着いてみると、今朝YHで別れたと思っていた我らが日本からの団体旅行のメンバー達も同じ目的で既に到着していた。外国人女性を一人連れての登場は彼等達を唸らせた。 
聞けば、日本大使館に行って、学生である証明書を貰って来い、とのこと。 
彼女は電話帳を広げ、その住所を調べ上げ、結局、 
ヒロと長友君との二人が一緒に彼女の案内で日本大使館まで歩いて行くことになった。どこをどう通っていったのか、もう忘れた。人任せだと、そういうことになる。 
さて、日本大使館にやって来た。応接室。日本人一人がソファーに腰掛けていた。テーブルの上には日本の新聞が無造作に置いてあった。 
館員が我々に応対する。我々二人は彼女が一人で説明してくれるのに任せた。こちらが話せば、館員も色々と何だかんだと要らぬ質問をしてくるのではなかろうか、最悪の場合、所期の目的が達成出来なくなってしまうかも知れない。外国人に弱い日本人、そんな弱点を知っている 
ヒロは、彼女にお任せした。 
 「証明書ですか? 勿論、無料ではないですよ」 
 館員は我々二人の方に向かって釘を刺す。 
予想外の出費。12マルカ。発行して貰った、いや、買った、その一枚の証明書を持って、再びStudent 
Officeに戻り、所定の手続きを踏む。これでIDカードも無事取得出来そうである。 
明朝、午前8時30分以降に取りに来るように、とのことだった。 
 
 
            
            ■Finnairのスチュワーデスさん宅へ 
            
 
            
これで一仕事が終わった。お礼を言って別れようと思っていた所、休暇中の彼女と 
ヒロとの道連れはまだ続いた。 
 
今晩、彼女の家で夕食をご馳走してくれるという話になった。長友君も一緒について来ることになった。他の仲間達とはそこで本当に別れた。 
 
バスに乗って、彼女のアパートへと行った。申し分のない天候。明るい日射し。素晴らしい。ヘルシンキでの休日気分を味わえるのであった。  
            
    
            
            
             
 
彼女のアパート。 
 
彼女はキッチンでさっそく食事の準備を始める。 
 
やはり、臭かったのか、「シャワーを浴びたら、・・」との申し出に有り難く応じた。暑い中を汗を掻き掻き歩きっ放しであったし、我々は一人一人シャワーを浴びることにした。 
 
シャワーを浴び、すっきりとなった所で、部屋に戻ってくる。次は、どうしようか? と思っていたら、  
 
 「何かお酒でも飲みますか?」 
 
彼女、我々日本男児二人に訊く。炭酸、レモン、氷の入ったウイスキー、オンザロックであった。お酒を勧めるのは西洋の仕来たりなのかもしれない。 
 
グラスを手に持って、ベランダへと出た。デッキーチェアに腰掛けて、ちょうど真っ正面からは太陽一杯、日射しを浴びながら、最初はちびりちびりとやっていた。が、何時もの癖が出てしまったのか、ジュースを飲むかの如く 
ヒロはいっぺんにぐいっと飲み干してしまった。ヒロはお酒の飲み方を知らないのだ。飲み物は何であろうとも一気飲みをしてしまう。フィンランドにやってきたからといって、その癖が消えてしまうという訳でもなかった。 
    
            
            
            
 
素晴らしいアパートの部屋。趣味が良い。その人の人柄が感じ取られる、そんな調度品の数々。 
 
ステレオ・レコード、フィンランドの作曲家、シベリウスの作品が流れている。次は、ハンガリーの舞踏曲だ。 
良い音楽、いや、酔いの音楽。良い天気、いや、酔いの天気。そして、この良いお酒、いや、酔いのお酒、一気に飲んでしまった後の、酔いがじわじわと頭の辺りというのか、目の辺りというのか、くるくると回って来るのが分かる。 
             
            
    
            
            
時々、彼女も料理の合間に我々の所にやってきては、彼女自身はノンアル 
 
コールのビールを我々と一緒に飲みながら、知的に会話をしようとするのだが、・・・・・・一気飲みしてしまったウィスキー酒の所為か、
ヒロはもう話 
す気力を失っていた、ようだ。酔いが良く回り、日光浴ということもあってか、シャワーを浴びた後の倦怠感か、堪らなく眠くなってきたし、そのままベランダで腰掛けたままこっくりこっくりし出すのを意志の力で阻止しよとしていた。 
「眠たくなってしまった」と ヒロ。 
今、部屋の中はシベリウスの音楽が流れている。この作曲家のこと、何か知ってみようとそのレコード音楽のジャケットを手に取って読んでみようとしてみたが、日光で反射されて眼までも眩しく本当に酔っ払ってしまっているようであった。 
             
            
    
            
            
            
彼女、川端康成の、フィンランド語訳の小説”山の音”、”千羽鶴“ また森鴎外の”雁“、そして万葉集、古今集と、色々蔵書を持ち出してきては手に取って見せてくれる。全部、日本に関係することである。彼女、日本のファンらしい。 
日本の作家の名前は忘れてしまったが、Hunting-gunは素晴らしかった、と彼女、日本文学には結構造詣が深いらしい。日本に戻ったら、お礼に彼女の為にその本を郵送してあげようか、と心の中で 
ヒロは密かに思っていた。 
そして話題はネルーダの詩へと移って行く。いやはや、これはもう日常の英語会話がちょっと出来るといったレベルの問題ではない。実のある話が出来ないと話にならない。 
彼女と小説論、文学談義を交わせなかったのは残念! 殆ど読んでいないし、読んだものも内容は忘れてしまっている。 
彼女には11歳の息子さんがいらっしゃる。それにしてもお若い。それとも若く見えるだけなのか。酔っぱらってしまった、この目の錯覚だろうか。 
             
            
    
            
 
            
             
            
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さて、夕食の用意が出来たようだ。キッチンへ、いや、キッチン兼食堂へと行く。日本で言うDK、ダイニングキッチン。 
 
驚いたことに、ご飯が出た! 日本からのわざわざやって来た我らが日本人の代表二人のために彼女が色気を使っていること、いや、そうではなく色々と気を使っていらっしゃるのが自然と分かるのであった。サラダ、焼きリンゴ、何の肉だろう、肉を煮込んだ料理。 
 
なるべく喋りながら食事をするのが礼儀であろう。そういう意識があった。極力話そうとする。が、話の内容はないよ、だった。乏しいのであった。貧しいものであった。沈黙が漂って気まずくなるのを恐れた。 
 
話は途切れがちであった。それを食事に食らいつくことでカバーしていた。食べているときには喋れない、といった風に。でも、何故だろう、何故だろう、とその理由を黙して食べながらも考えてもいた。ウィスキーの一気飲みで頭が働くなってしまったのだろうか。 
 
            
    
            
            
            
 
どうして彼女はこんなにまで親切にしてくれるのだろう? 街中でたまたま話し掛けられただけであったのに。もし、あの時、話し掛けられなかったら、今、自分がここにいるということも有り得なかったことだろう。まるで予定されていたかのように、 
ヒロはフィンランド女性の家、アパートにやって来ているのであった。ヒロはやはり酔っているのだ。頭が上手く回転しない。舌がもつれてしまっている。ああ、やんなっちゃう。 
 
今、彼女のアパートに来て、夕食に招待されている最中だ。全然予想もしていないことであった。否、こんな事が自分に起こるとは夢にも思ってもいなかった。見ず知らずの我々を自宅に招待してくれた。食事も出してくれた。 
ヒロという人間を自宅に呼んで受け入れてくれた。 
 
フィンランドの人たちは日本人に対してはとても好意的だとは噂に聞いていた。その現れであろうか。でも何故だろう? 
日本に住んでいたことがあったと仰った。日本ではたくさん良い経験。体験をされたからだろうか。日本人に対する好意、厚意というのか、 
ヒロと長友君とが日本人を代表してお返しを受けていたことになるのだろうか。 
 
ご飯のお代わりは2回。デザートはアイスクリーム。 
 
夕食が終わった。 
 
彼女の車に乗って、彼女運転でスタジアムのYHまで送って来てもらった。 
 
車内で別れを惜しんでいるのであった。親切にして頂いたために、何故か感傷的になってしまっている。やはり、俺は日本人なのか。「別れてしまうことは悲しいこと、辛いことだけれど」とか・・・・・・脇で聞いている人がいたら気障に聞えただろう、、、、「また、会える日まで、・・また、日本で会えることを切に希望します」とか、「ええ、私も希望します」とか、そんなことをお互いに言い合いながら、それでは、と車から出て、トランクからは重い荷物のリュックサックを引っ張り上げて取り出す。とうとう本当にお別れの時が来た。 
 
 ♪今日でお別れなのね、、♪♪、と菅原洋一の歌を思い出していた。 
 
彼女は両手を差し出して我々一人一人と握手。 
 
 「日本からきっとはがきを出しますから待っていて下さい」と 
ヒロ。 
 
彼女の腕は柔らかった。  
            
    
            
 
            
             
            
            ■YHでの二晩目 
            
 
            
YH内。 
    
 
ロビーのソファーで仮寝をしながら、就寝時間が来るのを待った。 
 
 ソファーで仮寝をしていると、膝をこつんこつんと軽く叩く人がいた。誰だろう。目を開けてみると、ああ、君ですか! あのレーニングラードからヘルシンキ行きの列車で会った、カナダ人であった。それからはソファーに座ったまま旅程のことなどについて、地図を広げて話し出す。 
 
 ロビーを去った時は既に真夜中の12時を過ぎていた。白夜は終わりつつある。暗い空にかすかに赤く光を放っている太陽。 
        
  
            昨日と同じ部屋へと行った。ベッドはこの時刻でも結構空いていた。受付では 
          、本日ベッドは満員とのことで、やって来るホステラー達を断っていたが・・・・・・・、変な話と言えば変な話だ。