ノルウェー娘の態度が変化 ヨーロッパ一人旅↑
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No.33 ■はじめてだった、ヨーロッパ(スウェーデン編)ひとり旅■ 19xx年9月24日(火)曇り
20日(金)の続きを書こう。(20日(金)の分はこちら)
さて、ヒロはトイレからいつもの場所に戻って来た。既にお湯の入ったカップがヒロのために用意されていた。あとはティーバックを入れて、紅茶を飲むだけ。
あの丸々に太った女性一人だけがお湯の入ったカップを見届けるかのように、そして腰掛けているその椅子が無言で悲鳴を上げているかのようにも見えたが、そのまま腰掛けていた。
休憩の続きをそのまま続けていたのかもしれない。まだ時間ではないのだ。脂肪で盛り上がった彼女の肩を人差し指で軽くつついたヒロ。親愛の情を込めたちょっとしたお遊びの積もりであった。ところが、彼女はきっと立ち上がり、セーターのすそを両手で下へと力を込めて引っ張った後、人々が働いている向こうの所へとぷりぷりしながら行ってしまった。
彼女は気分を害したのだろうか。ヒロは軽い気持ちでちょっと、という思いで、ちょっとだけ突いてみたのであったが、そんなヒロの意図も、真意も汲み取られず、怒った風にして姿を消してしまった。
ひとり取り残されたヒロはあらためて椅子に腰掛けた。ティーバッグをカップの中に入れた。湯の中、茶色の線が四方八方へと広がって行った。
程なく、ノルウェー娘と先ほどの姿を消した太った怒った女性が椅子に腰掛けにやって来た。
ヒロはティーバッグを湯から引き上げ、匙でカップの中を掻き回した。一口飲んだ。と途端にノルウェイ娘の様子が変になった。急に気でも狂ってしまったのだろうか、とこっちは見て取ったのだが、ノルウェー娘はげらげらと笑いたいのを堪えて、
ヒロに何かを教えたいらしい。
生憎、彼女のスウェーデン語はヒロには理解できない。ヒロは理解できないといった風にきょとんとしていた。彼女は益々変になってしまったのか。ヒステリックにも前掛けで頭を被って、顔を隠してしまった。そんなにも可笑しいのか。しきりに笑いを堪えているようである。可笑しくて、可笑しくて仕方ないといった風である。
ヒロには何のことやらさっぱり合点がいかない。
次にはモッドがやって来て椅子に腰掛けた。紅茶が甘くない。そう言えば、砂糖を入れてないことに気が付いた。テーブルの上には砂糖は置いてなかった。
「砂糖!」とヒロは言う。
モッドは「まだ分からないの?」といった風な口調でヒロに説明する。その間、ノルウェー娘は立ち上がって向こうへ行ってしまった。犯人はどうもノルウェー娘らしい。年上の
ヒロにいたずらを仕掛けるとは!
湯の中には塩が予めこっそりとばら撒かれていたのであった。
「鈍いわね!」とモッドは言う。
ヒロは紅茶を飲むことには重きを置いていなかった。ヒロの関心は紅茶を飲むことにはなく、彼女達を眺めるのに気を奪われていた。確かに、言われてみれば紅茶の味がいつもと違っていた。ようやく気が付いた次第だ。そういえば全然甘くない。
ノルウェー娘は代わりの湯を運んで来た。罪滅ぼしか。と同時にモッドは立ち上がって席を外した。もしかしたら塩を入れたのはモッドかも違いない。わざわざトイレの中にまで言いに来るくらいなのだから。それとも共犯か。
モッドが席を外した後、直ぐに考えが閃いた。復讐だ。今度はヒロからのお返しだ。ちょうど上手い具合にヒロの番が回って来たのだ。このチャンスを逃す手はない。飲み差しのミルクの中に
ヒロは塩をすばやくばらまいた。ノルウェー娘も加勢する。
程なくモッドが戻って来た。そしてミルクの入ったグラスを口に運んだ。彼女はヒロみたいには鈍くなかった。ミルクの味の異状に直ぐに気が付いてしまった。
その日の午後のコーヒーの時間に戻ろう。モッドもノルウェー娘もダンスのことをしきりに聞きたがる。その日の昼食時、「酒をたくさん飲んでしまったために酔っ払ってしまった」と
ちょっとだけヒロは漏らしておいた。
酔っ払ってしまった、と聞いて、彼女達は意見を交換し合ったに違いない。真夜中、酔っ払ってしまって、
、、家にはどうやって帰ったのかしら? 自転車は運転出来たのかしら? さぞかし運転は難しかったに違いない。
案の定、コーヒーの時間でも同じような質問をヒロに浴びせるのであった。
「多分、知っているのではないのか?」とヒロ。
「知らない」と彼女達。
彼女達は酔っ払ったヒロがふらふらしながら自転車をこいで、真夜中の国道を何とかまっすぐ走っていこうと骨を折っている絵を思い浮かべて面白がっているのだ。ヒロは誤解を恐れてとうとうその事柄(実は家に帰っていない)については一言も言わなかった。
ノルウェー娘に関しては、更に一昨日の夕方、仕事の合間での小休止中での出来事が思い出される。我々は小休止を取っていた。突然掃除婦おばさんのクリスチーネが後ろのドアから入って来た。と彼女は何を思ったのか、
ヒロに頬擦りをするのであった。単なるスウェーデン風挨拶か、分からない。
彼女のヒロに対する親愛の印なのだろう。年上のおばさんにとっては東洋からのヒロがいとおしく感じられたのかもしれない。ヒロは彼女の背中に右手を回して、彼女の頬擦りに応えるかのごとく、彼女を抱き締めるのであった。抱擁である。
この出来事がその日のコーヒーの時間に、ダンスの事柄の後、話題に取り上げられた。頬擦りを目撃した他の女性達の興奮振り。その興奮も醒めた頃、ヒロは言い
放った。
「そうですか。それならば、ヒロはクリスチーネに何かを差し上げなければならないようですね」
言い終わらないうちに、この言葉を聞き理解し出したノルウェー娘は両手を耳に被ってそんなことは聞きたくはない、聞きたくはない、止めてよ、といった風に頭を振る。急にそんな動作を始めるので、
ヒロの方がびっくりしてしまった。何か変なことでもヒロは言ってしまったのか?
ヒロは悠然と勝ち誇ったかのようにノルウェー娘を眺めている。クリスチーネがヒロについての感想をモッドに伝え、それをモッドは皆の前に披瀝したのであった。ヒロに対する褒め言葉であった。
翌日、つまり本日である。昼食時、モッドとノルウェー娘と50歳の年金生活者のおっさんとヒロとが一緒のテーブルに向かって腰掛けていた。実はヒロは遅れて皆に加わった。
ヒロは彼等たちの話を捉えようと聞き耳を立てながら、大きなスプーンでスープをすすっていた。食べ終わって暫くして、年金のおっさんが席を立った。我々3人だけになった。相変わらずダンスの話が取り上げられる。
「昔からお酒を飲むことはなく、酒には慣れていなかったので、酔っ払ってしまった」とヒロ。
「酔っ払ってどうしたの?」とモッド。
「外に出て酔いを冷まそうとしていたら、やっぱりAasに住んでいるという若者、20歳とか言っていbた、彼が話し掛けてきた。彼はヒロに関心を惹かれたらしく、中に入って話し合おうということになった。残念ながら、若い女の子ではなかった! 中はひどい混雑様、テーブルへと歩いて行くうちに彼とははぐれてしまったよ」
「酔っ払ってしまったら、ソファーに寝転がってしまうのよ。無礼にはならないわよ」とモッド。
「酔っ払って寝転がっている人はいなかったな。ヒロは腰掛けたまま、目を閉じて酔いの醒めるのを待っていた」
ヒロが話している時、人妻モッドはヒロのTシャツの左肩が汚れているのを目敏く見つけ注意する。
「どうせ、今週で仕事も終わりだから、、、、」
「ここを終えたら何処へ行くの?」ノルウェー娘がヒロに聞いてくる。
一度聞いただけでは何を言っているのか分からなかったのでヒロは聞き返した。分かったとしても確認の意味で、会話を楽しむということで聞き返すこともある。ノルウェー娘は同じ質問をゆっくりと繰り返す。
「分からない。多分、他のレストランに行って仕事の有無を尋ねるだろう。レストラン・アテネやフルーソンにある、、、、」とヒロ。
「アスピネス?」と彼女は助け舟を出す。
「または工場。尤も、工場で働くのは面白くないかも知れない」
彼女は同意の相槌を軽く打ったように見えた。
彼女、ノルウェー娘、18歳はヒロと二人きりで話せることを望んでいたのだろうか。それとも、今、望んでいるのだろうか。ヒロの顔をじっと眺めている。そんなに面白い顔をしているのだろうか、この
ヒロは? 尤もヒロが他の方に目をやっている時にではあるが。またはヒロが彼女を見ていない時である。でも、時に顔が合う。二人は黙ったまま眺め合う。暫し観察ごっこをする。言葉は交わされない。何かを言いたそうな表情だ。長過ぎるので自分で髪を刈ったのだそうだ。目をパッチリと見開いて
ヒロの目と合う。
そう言えば、街中を歩いているときっとヒロの方を見る人たちの多いこと、そんなことをヒロは彼女に言ってみる。
彼女の反応は如何? 街を歩かなくとも、今、こうして彼女達と一緒にいながらも、彼女達はヒロを観察している 。
「ヒロには理解できないよ。どうしてヒロをじろじろと見るのか。尤もヒロも彼等達を眺めることが出来ることは出来るのだが、、、、」
ヒロはノルウェー娘に面と向かっていじわるな質問をしてみた。
「ヒロを眺めるってそんなに面白いですか?」
ノルウェー娘は応えない。質問に気分を害したかのごとく、ヒロから視線を外した。
さあ、休憩時間は終わった。他の人たちは席を立って、仕事に就きに行った。ヒロとノルウェー娘の二人きりになって、相変わらず椅子に腰掛けていた。彼女は椅子の背に踏ん反り返るように両足を伸ばし切って腰掛けている。疲れているように窺われる。モッドも一緒にいた時、
ヒロはモッドに向かって言った。
「彼女は疲れているのですよ。人生に疲れているのですよ、多分」
まだ若いのに、と言外の意味を込めて言ってみた。
「あんたは人生に疲れているの?」とモッドはヒロに逆襲。
「Nej ! Nej ! ネイ、ネイ」いや、とんでもない!
「ヒロは人生に疲れてはいやしない。ヒロにはしなければならないことがたくさんあるのです」
モッドは席を外した。
そして、
ノルウェー娘とヒロとは本当に二人きりになった。
“Nu ska jag gå hem och sova!“
それはヒロに向かって発せられた言葉なのか、それともひとり言であったのか。彼女は疲れた風に言った。ヒロの耳には”ska jag”とではなく”ska
vi”と聞き取れたように思われた。ヒロに対する提案のようにも、申し入れのようにも聞き取れた。
彼女はヒロの顔をじっと見ながらヒロの反応を待っているかのようでもあった。ヒロは彼女の言ったことが聞き取れなかったといった風に彼女の顔をじっと眺めていた。
若奥さんがかわいい女の子を同伴でここにやってきた。ノルウェー娘は元気を取り戻したかのごとく、かわいい女の子を自分の方に引き寄せ愛情溢れんばかりに抱擁、頬擦りを
ヒロの目の前で見せる。彼女はかわいい女の子に暫し心を奪われているのであった。我を忘れている。ノルウェー娘は全く別人であった。
女の子の手と手を引いて彼女たちは帰って行こうする。ヒロの横を通り過ぎる時、ノルウェー娘は物欲しげにヒロの方にちらっと顔を向けて言った。
「Hejdå!(ヘイドー、と発音)」じゃあね、とノルウェー娘。
「Hej !」 ヒロも応えた。
行ってしまった。ノルウェー娘は元気が出たのか?彼女がかわいい女の子を思い切り抱擁していたのを思い出して、今度は
彼女本人を抱き締めてあげたい思いにヒロは駆られた。でも行ってしまった後だった。