ノルウェー娘との交流 ヨーロッパ一人旅↑ ダンスのことを書く?
No.34 ■はじめてだった、ヨーロッパ(スウェーデン編)ひとり旅■
19xx年9月27日(雨)
■ 居住ビザ取得申請へと動き出す
来年の春までスウェーデンに滞在することに決めた。外国人がビザなしでスカンディナヴィア諸国に滞在出来るのは3ヶ月以内となっている。それ以上滞在しようとするならば「居住許可」が必要ということになっているらしい。
「期日が迫って来たので申請する必要がある!」
「今、直ぐに!」
「行かなければならない!」
お世話になっている老夫婦とその息子は突然、ヒロに向って言い出す。大声を張り上げて彼等達は言い合っている。まるでけんか腰だ。親子喧嘩をしているかのように聞こえる。
そのとばっちりをヒロも受けているかのようになってしまった。しかしヒロは落ち着いたもの。尤も、内心、
遅かれ早かれこの件については自分で進んで手続きをしなければならないだろうと理解していた矢先だったから、そんな議論を聞いていると当局へと赴くのも何だか嫌になってしまった。気分が乗らない
。
三日前、
彼等達のご機嫌を満足させるために、ヒロはとうとう、自分の意に反して、当局へと出掛けなければならない羽目になってしまった。外は雨が降っていた。理由は分からぬが、自転車は使用禁止。バスを利用して街まで行った方が良いと
ヒロに勧める。バス時間は?
あと20〜30分待たないとバスはやって来ないことを告げている。
「じゃあ、歩いて行けますよ」とヒロ。彼等達の意に反して出掛けようとする。
「駄目、駄目。待っていなさい!」
彼等達の言葉を無視してヒロは外へと出た。雨が降っている。もう宣言してしまった。歩いて行くのだ。ヒロは内心憤然としながら、直ぐ目の前の国道へと飛び出 し行った。
黄色いレインコートを羽織った。歩いていると髪が濡れてきたのでフードを被った。白いビニール袋を小脇に抱えて歩いている。袋の中にはノートとヘミングウェイのスウェーデン語訳の本、パスポートなどが入っている。
ヒロの横を時々、思い出したかのように自動車が飛沫を舞い上げながら通過して行く。そうだ、車をヒッチすれば良いのだ。何も街まだ歩いて行く必要もない。
車をヒッチするのだ。いままでヒッチハイクの旅を続けてきていたのに、家に住むようになってからはそんなことも忘れてしまった。こうしてまた道路沿いを一人で歩いていると昔の、本来の自分の姿がよみがえって来た。
道路脇に立ってサインを送る時の気持ちは今もって変わらない。心臓が小さく高鳴るのを覚える。何だか心がワクワクする。フードが風でまくられないように左手で抑えながら、右腕を大きく伸ばして、向こうからやって来る車にサインを送る。
雨が降る中、なかなか止まらぬことであろうことは最初から分かっている。だから真剣味に欠ける。ところが、やってきたバン、
スピードを落として止まろうとしたのに違いない。止まるのかなと思わせておきながら、結局はそのまま
スピードを上げて去って行ってしまった。誰だろう、知り合いかな、とでも確認しようと思ったのかも知れない。違った。知らぬ 外国人だ。尾灯が左右、赤く輝いていた。
ヒッチを試みるのは止めてしまった。猛スピードで、雨の中、国道を疾走して行く車、車、そして車だ。
Östersundの街を目指して黙々と歩き続けた。通い慣れた国道である。いつもなら自転車で走って行く道路。今日は何故だか知らぬが、歩いて行く。歩いて行っても良い。帰りも歩いて戻ってこよう
。
一時間以上、歩き続けたに違いない。が、長い距離を歩いていたとは感じられなかった。気分転換、散歩の気分であった。ÅsからÖstersundまでは約10キロメートルと言われる。
ヒロの大雑把な計算によると、約
2時間程徒歩では掛かる。
久し振りに長距離を歩き通した喜びが内から涌いてきた。歩くこともまた、時には楽しい。
スウェーデンの自然を眺めながら道路沿いを歩いて行く。別に億劫とは感じられない。
現代の利器である自動車を足代わりに使用している人たちにとっては首肯しがたい考えかもしれない。が、ヒロは急ぐ必要など何処にもないのだから、気分はゆったり
、新鮮な外気に触れるとまるで生き返ったかのようだった。
■Östersundの警察
Östersundの警察当局がある建物の、玄関前にやって来た。
建物の壁は赤茶けた錆び膚を露骨にも剥き出しにした鉄板である。広大な鉄板の中に長方形の細長いガラス窓があたかもすっぽりと嵌め込まれているような外観
だ。三列、横に並んでいた。つまり三階建ての建物である。近寄って仔細に観察すると、Frösönへと抜ける道路側の壁には自転車置き場が寄り添っていると同時に落書きも消されずに残ってい
た。
ダイダイ色に枠組みされている正面玄関のガラスドアを手前に引いて中に入る。と、もう一つ、ガラスドアがある。それもまた手前に引いて、更に中へと進む。
直ぐ右側はレストランになっているらしい。丸いテーブルが幾つも配置されており、大部分は大人たちで占められていた。何かの会合が持たれているらしい。それぞれのテーブルを囲むように腰掛けている人々。話し合いに熱が入っているよう見て取れた。
左側は原色の赤色で塗られた細長いカウンターがある。女性が一人、カウンターの反対側から顔を覗かせている。ヒロが話し掛けなければならない人物とはこの愛想のとても良い中年の(しかし、若く、素的に見える)女性らしい。先客が一人、彼女と何やら
ヒロには理解しかねる事柄を口先で話している。ヒロは少し離れたその横でその人が終えるのをカウンターに全身を寄り掛けるようにして待ってい
た。
次はヒロの番になるのだ。ヒロはこの受付の女性と話さなければならない。この女性とスウェーデン語で応じなければならない。未だに不自由を感じているヒロのスウェーデン語。
でもなんとかなるだろう。そんなことを思いながら待つ。
心構えも身構えも充分整った。さあ、先客は用が済んだ。ヒロの出番だ。彼女はヒロの方に顔を向けて少し首を傾けた。さあ、どうぞ、あなたの番ですよ、お話ください、何の御用ですか? と言った風に。
それとも、あなた何語を話すのでしょうか、ちょっと話して見てください、聞いてあげますかから、ということだったのだろうか。
「Jag skuelle ・・・・・・ 居住許可を申請したいのですが、、、、」
自分の要望を丁寧に相手に伝えたいときの、ヒロ流のスウェーデン語で、もう何度も言い慣れた言い回し、彼女に話し掛けていた。
彼女はヒロのスウェーデン語に続いて、スウェーデン語でヒロに応じた。が、分からない。いま何と言ったのだろう? 意味が、言葉が、聞き取れなかった。
構わず自分の知っていることを確認する意味で話し続けた。
「3ヶ月以上スカンディナヴィア諸国に滞在しようとするならば、居住許可を申請しなければならないと思うのですが」
「ええ、そうです」
「私は7月28日にスウェーデンにやって来ました。フィンランドには7月2日だったと思います。今、申請する必要が
あるのでしょうか?」
彼女は頭の中で計算している。ヒロにはそれが良く分かる。
「ええ、その通りです。今、直ぐに」
更に彼女は続けたが、ヒロにはもう理解出来ない。とうとうヒロのスウェーデン語の実情を口にせざるを得ないのであった。
「実は、まだそんなに多くはスウェーデン語を話せません!」
「申請は初めてですか?」 と彼女は英語に切り替えた。
「ええ、初めてです」ヒロも英語で応じた。
彼女は席を立って、壁側に配置されたキャビネットの所へ行き、引出しから白い紙を一枚取り出し、こちらに持って来た。それはヒロの目の前に置かれ、手渡すのであった。
彼女は再びスウェーデン語でヒロに説明をする。いや、尋ねる。
「あなたは滞在に要する費用を充分にお持ちですか?」
仔細には聞き取れなかったが、そんな風に尋ねたに違いない。スウェーデン語で金銭を意味する単語が聞き取れた。pengarだ。気を利かして多分、費用のことを尋ねているのだろうと想像し、
ヒロはすかさず言い放った。
「わたしは現在スウェーデンの家族と一緒に住んでいます。家の人たちはその点に関しわたしを援助してくれるとの
ことです。ですからわたしには必要ないのです、、、、」
継ぐべき単語が思い出せず、ヒロはそこで絶句。
「ええ、分かりました。この書類に記入すること。スウェーデンの家族からはあなたが無料で滞在出来る旨の手紙、
それから写真を一枚、持って来て下さい」
「この書類は私が記入するのですね?」
「ええ、そうですよ」
「明日、持ってくることが出来ると思いますが、、、」
「ええ、出来るだけ早く」
彼女は出来るだけ早くを英語で言った。As soon as possible ヒロはそれを口に出さずも、スウェーデン語に翻訳していた。
ヒロの学んだ、知っているスウェーデン語の成句であった。så
fort som möjligt
明日、ここへ持って来なければならないものを確認して、彼女との対話を終えた。
「もう一枚持っていきますか?」
彼女は我々の対話に付け足すように
尋ねた。もう一枚? 彼女はヒロの返事を向こうへと行き掛けたまま待っている。どうしてだろう? どうしようかと一瞬考えた後、もう一枚持って行くことに決めた。
「ええ、そうします」
ヒロは横へと退いた。次の客が彼女に話し掛けている。ヒロは帰る準備をしている。この同じ二枚の書類をどうやって持ってゆこう? 二つ折りにすることにした。写真はどのくらいの大きさが適当
なのだろうか? 今の客が終えるのを待って、再び彼女に話し掛けた。既に終わってしまった我々の対話に今度はヒロが付け足すかのごとく尋ねた。
「写真はどのくらいの大きさが必要ですか?ここに、今、何枚かの写真を持っているのですが、こんなもので良いのですか?」
「ええ、結構ですよ」
ヒロは帰り支度を済ませようと急いでいるかのようであった。次にしなければならない事柄が恰もヒロを追い立てるかのごとく、その場から立ち去った。
「Tack så mycket!
」どうもありがとうございました。
ヒロは少々ぎこちなく、礼をスウェーデン語で彼女の方に投げ掛けて、入り口のガラスドアに向かった。
おっと、レインコートを置き忘れてきてしまうところであった。レインコートを羽織ながら外へと出た。
ほっとした気分。スウェーデン語で対話を交わすことが出来た喜び。肩の荷が一つ、降りたような、一仕事終えたような、そんな気分。実はこれから大きな仕事
(居住ビザを取得すること)が始まることになっていたのだが 、何か自分で大きなことをやり遂げてしまったかのように感じられて満足であった。